Yの肖像




 世界の肖像画展―――ってイベントに、美術の授業ってことで行く羽目になった。
 別に、そんなのに興味はなかったんだけど、出ないと単位くれねーって言うんじゃ、しかたがないかなと、重い腰を上げたんだ。
 ともあれ、これを見た感想さえ書いて出せば単位をくれるって言うんだからさ、いつだってびりっけつなオレが出ないわけにもいかないだろ。
 どうせ退屈だろうけど、一通りぐるっと見てから外に出ちまえばいいやって、オレは、ぞろぞろと歩く制服姿の最後からついて行ったんだ。
 で、だ。
 これがけっこう面白かったってーんだから、侮れない。
 だいたいがバストショットって、胸から上の絵なんだけど。画家の思い入れなのか、モデルの側の性格なのか、無個性なのって、意外にないんだ。
 まぁ、イベントにするくらいだから、はっきりと面白そうっていうか興味深そうなのを選んでるんだろうけど。あと、有名画家が無名時代に生活費稼ぎのためにってのもあったりしてさ。
 簡単な解説ののってるパンフを読んでみると、古い時代の肖像画は、横顔がメインなんだそうだ。そっちのほうが、個性がより現われるっていう理由らしい。そういや、エジプトの壁画なんかはそうだよなぁ。正面向きは、威圧感が強すぎて敬遠されたりするってさ。斜め何度って角度が、やっぱ、適切なんかね。よくわかんねーけどさ。
 ともあれ、五十点くらい、会場にかかってて、オレは、ひとりひとりの顔を見て歩いた。
 ああ、こいつ、気分が悪そう。昨日飲み過ぎたんだろう。
 なんか、いい感じ。このひと、画家のこと好きなんだ。
 この画家、絶対、モデルのこと嫌ってる。
 気もそぞろって感じ。他に気になることあるんだな。
 うわ、性格悪そう。
 眠そうだな。
 はは、絶対、肖像画描かれるの嫌がってる。
 うわ、めっちゃ怒ってる。
 若そうだけど、けっこう年いってるよな、こいつ。
 半分くらい見てからかな。きゃあきゃあって女子の楽しそうな声が耳についてさ、オレは、何気なくそっちを見た。
 金の目が、オレを凝視してる。
 思わず、心臓が跳ねたんだ。
 会場の中にもひとつ部屋があって、チケットを確認するための職員が顔を覗かせてんのかと思った。
 それくらい、生々しい表情だったんだ。
 で、オレは、何でだか、その場から動けなくなった。
 その絵は、少し、他の肖像画と雰囲気が違ってた。
 なんていうんだろ。
 画家の思い入れが、ひしひしと伝わってくる。
 背景はベタ塗りが多い。それは、やっぱ、モデル本人を印象付けるためなんだろう。だからかな、それも、背景は、ベタ塗りだ。きれいな、丁寧な、ベタだ。けど、何かが、違う。
 ああ。
 なんていうんだろ。
 基本、肖像画って、写真代わりみたいなもんだよな。時間がその時点で切り取られて止まってる。
 けど、それは、違った。
 まるで、窓枠にかけた手が、ひらりと舞っているなんかの花びらを受け止めるために持ち上げられそうな、そんな、今にも動き出してしまいそうな風情があったんだ。
 斜め向きが多い中、正面向きの端正な顔。男か女かわかりづらいのは、鼻から下が曲げた腕にもたれるようにして隠されてるからだ。その構図からしても、これを肖像画って枠でくくっていいのか、疑問になる。
 けど、空色の額縁の下、『 Y の肖像 』ってあるから、肖像画なんだろう。
 作者不詳とある。
 春のけだるい陽射しの下、それでいて、花の影の中。いや、花の雲の隙間から、遠く望める、美貌の主――。それは、わかい、男だ。
 女子が騒ぐのも無理はない。
 女子の頭の間から、けれど、金の目が、オレを凝視する。
 まるで、なにか物言いたげに。
 オレは、時間が過ぎるのも忘れて、『 Y の肖像 』を眺めつづけてたんだ。


 そうしてて、気がついたら、オレが最後の一人になっててさ、ひとり足りないって引き返してきた美術の先生にお目玉を喰らう羽目になったのだった。


 しばらくして、美術の先生が、意外そうな顔をして、オレの感想に、四重丸をくれた。

 誰にも内緒だけど、実は、オレは、もう一度どうしてもあの肖像を見てみたくなって、ひとりで会場に向かったんだ。けど、もう、あのイベントは終わってた。
 あの印象的な金の目を見ることはできなかったんだ。


 金の目が、ちらつく。
 なんか、自分が自分じゃないみたいだ。
 蛍光灯を消した自分の部屋の寝床の中で、オレは、あっち向いたりこっち向いたり、寝苦しい夜をすごしていた。
 闇の中、思い浮かぶのはあの肖像画で。
 オレは、どうすればいいのかわからなくなった。
 だってそうだろ。
 こんなの、まるで、恋してるみたいじゃないか。
 相手は肖像画で。
 男――だろう。
 けっこう古そうな絵だったし。もしモデルが生きていたとして、けっこうな歳のはずだ。
「オレってば、不毛〜〜〜」
 いや、マジで。
 闇の中、オレは、脱力していた。
 そうして、いつの間にか、眠っちまったんだろう。


 ひらりひらりと、はなびらが、舞う。
 淡いピンク色のはなびらが、青い空に舞うさまは、現実離れもいいとこだ。
 ぼんやりと、オレは、立っている。
 空と舞うはなびらだけの空間に。
 やがて切り取られるだろう空の一部。
 そこから、白くて整った手が現われるのを。
 金目の持ち主が表れるのを。
 オレは、ぼんやりと見上げて、待っていた。
 ああ―――――
「Y――」
 現われた白皙の男に、オレは、呼びかける。
 空の上から、金の目でオレを見つめる男は、目元をゆるめて、掻き消えた。
「Y――――」
 哀しかった。
 切なかった。
 もう一度、Yの顔を見たくて見上げるオレの視界に、彼は現われない。
 寂しくて。
 うつむいたオレの肩を、誰かが、抱き寄せた。
 心臓が、跳ねる。
 おそるおそる振り返るオレの目の前に、オレを見つめる金の目が、二つ。
「Yっ」
 オレは、オレの声が弾むのを感じた。
 にっこりと、Yが、微笑む。
 はなびらさえも色あせる、とびっきりの笑顔。
 オレの心臓は、せわしない。
「はじめ――――」
 オレの名を呼ぶ、とろけるような美声。
 オレは、何の疑問も感じずに、Yに抱きしめられた。
 幸せだと思った。
 このまま死んでもかまわないと。


 突然の覚醒だった。
 部屋の中はけっこう明るい。
 枕もとの目覚ましを見るのも億劫なくらいのけだるさだった。
 結局、休みだしなぁと、オレは、目覚ましを確認するのをやめた。
「なんつー夢だ」
 声がかすれている。
 オレって、ゲイだったんかなぁ。
 夢の中で感じていた幸せを反芻しながら、オレは、起き上がった。
 そのまま洗面所で顔を洗ったオレは、パジャマの襟ぐりがうっすらと赤く染まっているのに気づいた。
 夢の中、金目の男がくちびるを寄せた箇所だ。
「? なんだぁ」
 襟を広げてみると、そこでは、赤い二つの傷痕が自己主張をしていた。
「虫んでもくわれたか」
 首をかしげたときだった。
「金田一さん、お届け物ですよ」
 ガラガラと玄関を開ける音がして、宅配便が届けられた。
 差出人の名がないオレ宛の荷物の包装を、オレは、首をかしげながら、解いていった。
「えっ」
 そこにオレが見つけたのは―――――

 見間違うはずもない、『 Y の肖像 』だった。

おわり

start10:56 2007/05/15
up 12:30 2007/05/15




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