赤と白



 新月の夜をどんなに待ち焦がれているだろう。
 天鵞絨(ビロード)めいた紫紺の夜空に、黄金とクリスタルの杯を翳す。
 ほんのりと琥珀がかった、白ワインに、銀のナイフで傷つけた小指から血をしたたらせる。
 すべてが、灯火に揺らぐ。

 満月の夜をどんなに待ち焦がれているだろう。
 やわらかな藍色のシフォンめいた夜空に、黄金とクリスタルの杯を翳す。
 ねっとりと深紅のワインに、象牙のナイフで傷つけた手首から、血をしたたらせる。
 すべてが、月影に映し出される。


 これで、現れてくれる。
 月に一度の逢瀬の宵。


 あのひとの冷たいくちづけを。
 冷たい指先が灯してゆく焔を。
 思い出すだけで、切なく吐息がこぼれ落ちる

 あのひとの冷たいくちびるを。
 冷たい肌の上に点ってゆく焔を。
 思い出すだけで、吐息が熱く、身の内を焼く。


 誰知ろう。
 こんな、わたしを。

 誰が知ろう。
 私の心のうちなど。


 喪失の嘆きの果てに、何も感じてはおらぬのだと囁かれるまなざしを持つ。
 わたしの心に眠るのは、失われたただひとり。
 わたしの愛する、ただひとり。
 共にあった歳月は、十と三の歳よりわずかに三年(みとせ)
 どれほど慕い、どれほどに恐れたろう。
 恐怖がわたしを捉えた時から、わたしの心は、石のよう。
 嘆きに閉ざされたわたしの前に、燐光を放つ姿を現してくれた、あなた。
 あれから、新月宵の逢瀬を繰り返すこと、三度(みたび)
 喪失の予感に心は軋む。
 ―――あなた。
 新月の宵闇に浮かび上がる、青白い青年の姿に、わたしは、杯を掲げる。
 最後の甘美なる逢瀬に、わたしの血を、あなたに。
 血の味を潜めた、白い果実酒を口に含み、そっと、あなたのくちづけを待つ。

 奪われたかのひとを思う灼熱の嘆きの果てに、私の心は灰よりも冷めた。
 私の思うのは、今も昔も、変わらず、ただひとり。
 共にあった歳月は、二十六から、わずかに三年(みとせ)
 どれほど愛し、慈しんだろう。
 愛おしいと、思いが芽生えた時から、私の心は、とろけた蝋燭。
 今は燐光を帯びた青白いあなた。
 あれから、満月の夜の逢瀬を繰り返すこと、三度(みたび)
 喪失の予感に、心が、血を流す。
 ―――あなた。
 満月の冴えた光に融け消えそうな、あわあわとした少女の姿に、私は、杯を掲げ持つ。
 最後の甘美なる逢瀬の宵に、私の血を、あなたに捧げよう。
 血の味を潜めた、深紅の果実酒を口に含み、そっと、あなたのくちびるに、触れる。


 朝の陽射しが、(しとね)を照らす。
 曙光に溶け消えてゆくのは、わたし。
 わたしのすべては、あなたに。

 朝の陽射しが、褥を照らす。
 曙光に溶け消えてゆくのは、私。
 私のすべては、あなたに。


 本当に、消えたのは、誰なのか。
 鮮烈な朝の陽射しは、ただ、人気のない寝室を照らすのみ。

おわり



from 6:49 2005/11/03
to 16:07 2005/11/03
あとがき

 自分でも、わからん。
 雰囲気だけのお話。
 というか、お話なのかどうかすら……。
 読む人任せってところです。
 す、少しでも楽しんでいただけると、ありがたいですxx


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