ぶらんこ



 少女は独りぶらんこに揺られている。
 春の微風に髪を乱され、頬をなぶられ。
 そうして――――
 何を見ているのかわからないような茫洋としたまなざしで、独りやさしく笑っている。

 少女はいつもひとを恐れていた。そのさまはまるで武器を持たない人間が野獣を恐れるのに、似ていた。
 しかし少女の周囲のひとたちはそんなことには気づいていなかった。ただ、少女は高慢なのだ――金持ち特有のひとをひととして見ないような性格をしているのだとみなしていた。
 少女は、都の権力者の娘だった。
 しかし、誰一人として彼女を愛する者はいなかったのだ。
 母親はなく、父親は宮廷に出仕している。
 豪壮な屋敷で、義務的にだけ面倒をみる使用人たちに、半ば放って置かれるようにして育った。
 社交界に出るにはまだ幼なかったので、少女の知る世界は屋敷の中だけだった。
 慰めは、ぶらんこだけだった。 
 庭の桜の木からぶら下がっている、ぶらんこ。
 白く塗られている横板の上に腰を下ろし、あの茫洋とした夜のようなまなざしでぶらんこを漕ぐ。

 冷たい瞳に囲まれて、愛することも愛されることも知らずに成長した少女だった。しかし、それでも、少女の精神は歪むことはなかった。すくなくとも、
 外見からはそうとは思えなかったのだ。
 ―――そう。それは、みごとなまでに隠されていた。

 少女の父は、ある日唐突に失墜した。
 春のこと。
 使用人たちに暇を出し、田舎の荘園へと少女を連れて移った。

 少女は父を恐れると同時に憎んでいた。求めても得られない愛情。しかしそれを認めたくないからこそ生まれた感情で………。
 彼は今の今まで省みることのなかった娘に愛情を感じていた。――どんな悪人でも、肉親の情に縋りつくもので。彼の感情は最後に自分に残された存在に縋りつくようなものであったろうか。
 彼は娘に乞われるままに、庭の柘榴の大木にぶらんこをぶら下げた。彼にとっては初めての作業だったが、それは自身納得できる出来だった。額に汗して働いたことのない彼である。額や首ににじむ汗を手で拭った彼は、娘の勧めに従ってぶらんこに腰掛けた。
 しばらくの間、春のやわらかな陽射しの下、父と娘の楽しげな声が高らかに響いた。それは小鳥らのさえずりと共になごやかな雰囲気をかもし出していた……………。
 ふと、唐突に、荘園中の小鳥のさえずりがやんだ。
 重苦しい沈黙。
 小鳥のさえずりに換わって聞こえたのは、苦痛を堪えるくぐもったうめきだった。
 見れば、ぶらんこに彼の姿はなかった。
 不自然に捩れた彼の、もはや魂の抜けた肉塊。それが、ぶらんこの下に転がっていた。

 フフ………フフフ…

 少女は、元は父親であった肉塊を褪めたまなざしで見下ろしている。その朱唇からこぼれるのは、笑い声。残酷な気に入りの仕事を終えた子供が洩らす、ぞっとするほど無邪気な………。


 突然やさしいことばをかけてくるようになった父親。
 いつも一緒に。
 向けられるのは、やわらかな視線。
 それらが、少女を苛立たせた。
 不思議なほどの居心地の悪さ。
 それらに戸惑い混乱するうちに、父親に対する感情が凶暴なまでに膨れ上がるのを感じた。
 女持ちの銀の短刀を荘園の自分の部屋で見つけたのは、そんな時だった。
 何代か前の部屋の主の持ち物だったのだろう。黒く変色した握りの部分とは逆に、きらりと光を弾く切れ味鋭そうな刀身に少女は惹かれた。うっとりと、少女は眺め、握りの部分を時間をかけて磨いた。
 少女は、その短刀を懐にしのばせるようになった。短刀の銀の輝きが、そのひんやりとした感触が、すべての感情を冷ましてくれた。


 最初からそんなつもりなのではなかったのだ。
 なぜだろう、父親の得意そうな笑顔や語りかけてくる声を聞いているうちに抑えつづけた感情が急速に膨れた。それは、もはや少女には堪えることができないほどの、圧倒的で荒々しいもの。
 そうして、懐から取り出した短刀を胸に構えてぶらんこが戻ってくるのを待った。

 少女の褪めたまなざしは、映している。

 足元に転がる不恰好なものを。
 
 緋色の月の輝く夜。

 禍々しい血のような月は、肩で息をする少女を、夜の帳の中に浮き上がらせている。

 少女の足元には深い穴が開き、黒々とした何かがぼんやりと見てとれる。それは――、かつて父親であったもの。
 柘榴の木の根元に掘った穴に、少女は黙々と土をかぶせた。 


 柘榴の実をかじりながら、少女はぶらんこに揺られている。
 茫洋としたまなざしの奥には、柘榴の実のような赤が禍々しく輝いていた。
おしまい
 2001-03-07

あとがき
 う〜ん。古い話をリメイクしてみました。
 初稿は、わら半紙に手書きという恐ろしいもの。さすがにスキャナは無理でしょう。
 こうしてみてみると、昔も今も書いているものってあまり変化ありませんね。
(2001-03-07)
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