そのひとの瞳はとても美しかった。
そのひとの髪もとても美しかった。
おおらかな笑顔は、周囲を明るくした。
俺はただ、そのひとを見ていた。
近寄ることなんかできなかった。
なぜなら、俺は、俺の半分は、魔物だったから。
最初は、自分のことをひとだと思っていた。
どこか名前も忘れた町の教会に併設する孤児院で、ただのこどもとして育っていた。
ただ、右目がひとと違っていた。
俺の右目は、日中は緑色で、夜になれば赤に変わる。
その赤が血のようだと顔をしかめられることが多かったから、おれは前髪を伸ばして目を隠していた。
暗いヤツだと思われていたのだろう。
事実、暗かったに違いない。
よく虐められた。
特に同じ孤児であるこどもたちから虐められた。
おそらく、異質なものに対する本能的な恐怖が攻撃に転移していたのだろうと、今ならわかる。
けれど、俺はなにもしちゃいない。
ただ、ぼんやりと孤児院で暮らしていた。
それだけだ。
なのに、あの日の虐めはいつもと違っていた。
なにかをしたってわけじゃない。
思い当たるふしといえば、ただ、そいつと肩が当たったってことくらいだ。
ボス格のヤツだった。
なぜだか、目元が赤く染まっていた。
ああ、泣いていたんだと、思った。
だから、大丈夫なのかって、そう口にした。
反射的なものだ。
けど、多分、それがいけなかったんだろう。
俺なんかに気遣われた。もしくは、泣いていたって気づかれた。それが、駄目だったんだろう。
おれにとっちゃ忘れてしまえるようなことだった。
事実、その後、裏庭にある木に背もたれて、俺はぼんやりしていた。
鳥が飛んでいる。
空は青い。
木の葉が、音をたている。
地面についた手ぎりぎりを、陽を弾かせてトカゲが駈けていった。
覚えてるのは、それくらいだ。
ふっと日射しが翳ったと思ったら、そいつが仲間を連れて俺を囲んでいた。
後は、推して知るべしだ。
殺されると、思った。
そうして、気がついた時、孤児院の先生たちが俺を凝視していた。
俺を囲むように燃え尽きているのは、俺を殺しかけたアイツらが真っ黒になった姿だったらしい。
ぶすぶすと消えかける炎のような音をたてながら灰色の煙を上げている、幾つもの死体。
俺が、こいつたちを殺したんだ。
あまりに痛くて、辛くて、死ぬんだと思ったとき、全身を駆け抜けた高揚感があった。
それは、俺の右目に集まって、そうして、弾けるようにほとばしった。
俺を虐めていたこいつらを焼き殺した。
悲鳴に駆けつけた先生たちが見たのは、その瞬間だったのだろう。
彼らは、俺を虐めはしなかった。けど、助けてくれることもなかった。ただ異端である俺を無視しつづけていた。
だからだろうか、彼らの目には、恐怖と憎悪とが見え隠れしていた。
そのまなざしに、俺が悲鳴を上げた刹那。
ひとりが、
「ばけもの」
と、俺を罵った。
そうして、手にしていた棒を振り上げた。
その時、俺は、俺を抱き上げる誰かの腕を感じた。
炎に焼けて燻る人間の匂いが、別のものに取って代わった。
心地好くも濃密な未知の匂い。
瞑った目を開くと、そこにあったのは、金色の瞳だった。
白い美貌に際立つ形良い朱唇。
冷たい美貌の主が、俺を見て、言った。
「レキサンドラ」
と。
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