異端の鳥  3.半  魔



 俺は、魔王の息子だった。
 興に乗った魔王が先代の聖女を犯してできたのが、俺だった。
 先代の勇者は魔王に破れたのだ。
 巷に魔物があふれ、ひとは魔に怯えて暮らしていた。
 だからこそ、異端の存在に、ひとは敏感だったのかもしれない。


 魔王の息子だとわかったからといって、俺は、ちやほやされたわけでもない。
 魔族からすれば微々たる魔力は取るに足りないものでしかなく、魔族にとって血のつながりというものは意味をなさない。
 魔族はもてあます魔力を性欲に置き換え発散している。そうでなければ、人間や魔物に比べれば微々たる数しか存在しない彼らからあふれだす魔力が世界を滅ぼしかねない。世界を魔族の住みよい世界にと望むだけで、世界を滅ぼすことなど魔族だとて望んではいないのだ。当然だろう。世界が滅びれば、魔族もまた滅びるのだから。
 ともあれ、基本、魔族にこどもは生まれない。特定の条件が整った場合にのみ、純粋な魔族は誕生する。またごく稀のことではあるが、異種間で相手が受胎することがある。そうして、半魔と呼ばれるごく少数の存在は、魔族とは違って極端に禁欲的に育つ。他人の性を否定しはしないものの、基本人界で育つ場合が多いからなのか、自分に関する性的なことがらを極端に恐れ厭う傾向にあるのだ。

 少なくとも、俺は、そうだった。

 半魔という存在が珍しいというそれだけの理由で、俺は、ペットのように魔王の城で飼われているだけだった。
 気まぐれで撫でられ、気まぐれで叩かれる。
 そこに愛情があったのかどうか、今でもよくわからない。
 ただ、魔王は俺を手放そうとはしなかった。
 どれほど逃げようと、魔王を罵ろうと、どれほどの打撃にもなりはしなかったが俺が条件反射に近いかたちで手をあげることがあっても、仕置きと称するいつも以上の蹂躙を受ける羽目にはなるものの、他の魔族や魔物に俺を触れさせることもなく、ただ魔王自身が俺を抱きつづけた。
 飽きる気配すら、見えなかった。
 執着とささやかれるほどにきつい束縛が俺を縛り付けていた。
 俺はといえば、異常な環境にあって、どうすればいいのかわからなかった。
 ただ、ひととして育った経験が、知識が、魔族のあいだにあって邪魔をした。
 血の繋がる相手に逆らうことをよしとできなかった。
 けれど、魔王の執着は、不気味だった。
 束縛は、恐ろしかった。
 存在自体が神から遠いところにあるというのに、俺は、育てられた教会での教えから抜け出すことはできなかった。
 魔王による性的な戯れは、俺を追いつめた。
 まだ俺が幼かったからか最終的な行為には至っていなかったものの、それは、まぎれもなく厭わしい行為だった。
 男同士。
 父と子。
 あまりに背徳的なそれに、俺は何度嘔吐しただろう。
 魔王に隠れて、神に許しを乞うた。
 神への祈りを見つかれば、酷い目にあったからだ。
 お前の神は自分だと。
 他に目を向けるなと。
 見つかったときの行為は、酷いものだった。
 俺は何日もベッドから起き上がることができずに苦しむ羽目になるのだ。
 だから、俺はいつしか俺の中の信仰を封印した。
 それでも、俺は、自殺だけは選ぶことができなかった。それが、神の禁じる行為だったからだ。

 そうして俺は、成長した。


 俺が魔王に願ったことがひとつだけある。
 剣を習わせてほしいと、頼んだ。
 幼い頃にあこがれたのは、一度だけ見たことがある、騎士の姿だった。
 町を襲った魔物を殲滅した騎士たちの勇姿は、子供たちのあこがれだった。もちろん、俺も例に漏れることはなく憧れたひとりだ。
 深緑に金ボタンと金モール。腰を絞った制服の裾は膝裏まで伸びて、細身の銀の剣はまるで魔法のように魔物を屠った。
 騎士の制服を纏うことはないだろうが、剣を習うだけならできる。
 魔族に剣は必要ではなかったが、俺に剣を教えることができる人間がひとりだけ存在した。
 囚われたままの先代の勇者だった。
 俺の生まれる何十年も前に勇者として魔王に挑んだものの、破れ、そうしてそのまま虜囚となり城の塔に繋がれていた。
 断ることすらできない命だったろう。勇者は、俺に剣を教えてくれた。
 もはや生きる気力すらなくしただの老人となっていた勇者だったが、彼はその人生の最後を、俺に剣を教えることに費やしてくれた。
 俺と彼の間に剣以外の交流は許されなかったが、それでも、俺は、彼が好きだった。
 彼が死んだ後、彼の亡骸は最下層の魔物たちに喰らい尽くされ、骨の欠片さえも残りはしなかった。
 俺はそれを最後まで見届けることを魔王に強いられた。おそらくそれは、魔王が俺の感情に気づいていたためだったろう。
 もう、あの老人に教えてもらうことはできないのだと、流すまいとしてながれる涙を、どうすることもできなかった。
 そうして。
 その夜。
 俺は初めて、王に貫かれた。
 貫かれ、蹂躙され、精も根も尽き果てた俺を、それでも王が解放することはなかった。


 あれから、俺は魔王に抱かれる毎日を送った。
 逃げることはもとより、剣など握らせてさえ貰えなかった。
 爛れた日々は、俺にかつて信じた神のことを思い出させた。
 こんな俺を、神が許すはずがない。
 同性であり父親である王に抱かれつづける毎日に、いつしかからだは慣れ、快を得るすべさえ覚えこまされた。
 淫らな夜が明けて王の気配が寝室から薄まるころ、俺は惨めさに囚われて涙を流す。
 それでも、死が怖かった。
 死後の平安を得られない自分が、哀れだった。
 自分に向けられるだろう、神の怒りが、恐ろしくてたまらなかった。
 こんなにも嫌がっているのに、こんなにも神の救いを求めているのに。
 何がいけないのか。
 考えて考えて、俺は身の内に流れる半分の血にようやく思いいたった。
 それは、俺を打ちのめすのに充分だった。
 存在自体が許されないのだと。
 半魔ごときが神に祈れるはずがないのだと。
 俺は、ひとではないのだ。
 嘲笑が、嗚咽となり、慟哭の末、俺は、変わった。

 従順なペットになった。

 うつろな目を、王がどう思ったのか、時折外に出してもらえるようになった。
 外で、剣を振るえるようになった。
 俺は、魔王に逆らう魔族や魔物を引き裂き、ひとを殺した。
 俺の剣の前に、敵はいなかった。


 百年近くが過ぎたろう。
 俺の成長は疾うに止まり、初めて王に貫かれた頃から変化することはなかった。
 総てを諦めて、ただ王の人形として存在していた。
 だからだろう。外へも自由に行き来できるようになっていた。
 その頃の魔族は人界をも支配していた。
 人界にも王はいたが、内心はどうあれ魔王の前に膝を折っていた。そうすることでその国に与えられる魔物の被害は軽減されたからだ。
 魔族をひとは恐れ、恐れは半魔や魔物への憎悪となっていた。
 外で暴れる俺は、かつての俺と同じような半魔を見つけては連れ帰るようになった。それでも、半魔はきわめて珍しい。俺が見つけることができたのは、部下となった五人だけだった。
 連れ戻った当初、彼らの心は恐怖に竦み上がっていた。
 魔王の城もまた、彼らにとっては恐怖であったろう。それでも、魔族は魔王のもである俺の部下になる彼らに手を出すことはなかった。それだけでも、彼らにとっては救いであったに違いない。
 俺は、彼らに剣を教えた。
 少しでも、恐怖が軽くなればいいと思っただけだ。
 少しでも、憎悪をはらすことができればいいと願っただけだ。
 あまり親しく彼らに接すれば相変わらず王は俺を酷く扱ったが、俺はそれにすら逆らうことはなかった。
 従順に、なにも考えず、王に抱かれた。
 王の求めに従ってさえいれば、王は俺のすることの邪魔はしなかったからだ。


 けれど。
 その時がやってきた。


 そのひとの瞳はとても美しかった。
 そのひとの髪もとても美しかった。
 おおらかな笑顔は、周囲を明るくした。
 俺はただ、そのひとを見ていた。
 触れることはおろか、抱き寄せることなどできるはずもなかった。
 なぜなら、俺は、彼女の部下を何人も殺してきたからだ。
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つづく




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