打ち消しても打ち消しても脳裏をよぎるのは、赤と緑の色彩だった。それらは、俺を慰めるかのように、嘲るかのように、俺を埋め尽くす。
どうして。
そのふたつの色は、俺の心が王から逃げる、その証。
何故。
俺は、王を受け入れているのに。
俺は、王に、いや、正確に言うならば、父親に愛してほしかった。だから、俺は、王の総てを受け入れている。どんなに辛くても、痛くても、苦しくても、ただ、俺を愛してほしかったのだ。
そう。
俺は、愛してほしかったのだ。
決して、肉欲などではなく、血の繋がった肉親として。
たとえそれが、俺の勝手な望みだったとしても。
ならば。
裏切り者は。
俺にとっての裏切り者は?
俺は、初めて、“そう”なのだと認めた。
王こそが、裏切り者なのだと。
だから、俺は密かに心に決めた。
ただ静かに目を瞑り、決意を刻む。
誰にも知られないように。
決して、王には悟られないように。
そうして、俺は、翌日、城を後にした。
黒檀を刻んだような黒い外観は、曇天の空を一層のこと暗く重苦しいものに見せている。
ふと名を呼ばれたような気がして目を眇めれば、遠く、大柄な部下の姿があった。
ついてこようとしているのだろう。
いつものことだったが、いつものように手を振り、押しとどめる。
それだけで、他の部下があれをなだめ引き止めるのが小さく見えた。
ついて来られては困る。
あれは、絶対に俺を守ろうとするだろう。
俺だけを。
俺が城から自由に出ることができるようになった頃、一番最初に見つけた半魔があれで、魔物とひとの混血だった。父親がどの種類の魔物かは母親である人間似の彼からは想像もつかなかった。が、そんなことは些細な問題でしかなかった。あの時十にも満たなかった彼は、その大きなからだと幼い心がアンバランスで、鞭打たれ泣きながら大きな岩を担がされていた。
大人でさえ嫌がる治水の苦役に、彼の心が悲鳴を上げているのは、見るだけでわかった。
彼に母親がいるのなら、そうして愛されていたのなら、俺はそのまま彼を放置しただろう。
しかし。
まるで魔の血を引くものなどに愛情を与えるものなどは存在しないとでも断じるかのように、彼は、孤独だった。そうして、ただ、村で家畜同然の扱いを受けていたのだ。
家畜でも、馬や牛ならまだしも大切にされたろう。しかし、彼の扱いは、それ以下だった。
俺の腹の底に、熱い怒りが渦巻いた。
だから、その夜のうちに、俺は彼を逃がそうとして、逆に縋りつかれたのだ。
連れて行ってほしいのだと、前髪のあいだから覗く目が告げていた。
汗と垢の混じった獣じみた臭いが立ちこめた。
喋ることもできないのか、ただことばを教えられなかっただけなのか、獣のうめき声のような声で泣き縋る姿は、それでも、まるで、いつかの俺を思い出させるかのようだった。
鞭の傷だらけだったからだを癒し、垢を擦り、服を調達し、食い物を与えた。
それだけで、彼は俺を信じきった。
半分は魔だというのに、その単純なまでの純粋さに俺は呆れると同時に、なぜだろう、憧れた。うらやましいと思ったのだ。同時に、妬ましいと思った。
だから、俺は、彼を連れてそのまま予定通り、気分次第の放浪をつづけることにした。
旅の暇つぶしにことばと文字を教えると、たどたどしいながらも喋り、書くようになった。そうなれば少々大柄な、朴訥な少年にしか見えなくなる。
たまに立ち寄った色々な町や村で、彼は可愛がられた。
しかし、彼は、愛想を振りまきはしたものの、それだけだった。
彼の目は、「人間など嫌いだ」と語っていた。
口にしては、「俺が好きなのはレキサンドラさまだけ」と、たどたどしい口調で言った。
俺はそんな彼の枯れ草色の髪をよく撫でたものだった。
ひとりふたりと半魔が見つかるたびに、結局助ける羽目になり遂には五人になったが、彼は仲間と他を認めはしても、懐くまでにはいたらないままでいる。
そんな彼を思えば、俺の心は揺らぎかける。
しかし、決めたのだ。
俺はそれを貫こう。
誰を泣かすことになろうと、誰を裏切ることになろうとも。
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