異端の鳥  11.対  峙




 煮込みなおしたウサギの香草スープが、土間を濡らす。
 突然家に不法侵入してきたのは、手に得物を持った、人間たちだった。
 男もいれば女もいる。手に手に他人を害するものを持ち、部屋を荒らす。
 悲鳴と喧噪のさなかに、幼児の泣き声が聞こえる。
 犬が吠え、猫が逆毛を立てる。
 蹴った人間に犬が牙をたて、猫が爪をひらめかせる。
 しかし、すぐさま横殴りにされて、壁にぶつかる。
 それでも、彼らはバートと幼児を守ろうとしている。
 バートは幼児を抱えて、男たちを見据えている。
 “魔力を解放しろ”
 思ったところで、遅すぎる。
 バートに魔力の気配を消せと言ってピアスをつけたのは、俺だ。
 そんな約束、破ればいいというのに。
 ピアスなど簡単に外れる。
 命に関わることなのだから。
 殴る蹴るの暴虐が続く。
 バートは、幼児を抱え込んで、動かない。
 そのさまに、俺の心が軋む。
 あの様子に、覚えがあった。
 そう。
 何度も思い出しては、なにも感じなかった。悔いたことはあっても、それだけだった。
 かつて、俺が暮らしていた孤児院で俺が人間たちにされたことを。
 俺が、彼らを焼き殺したことを。
 あのときの恐怖が、今更ながらに蘇る。
 その恐怖は、虫の息のバートたちが庭に引きずり出され、まるで獲物のように解体されてゆくシーンに、憎悪へと変貌した。
 なぜそんなことをする!
 ピアスが目的だったろう。
 ただ、バートが半魔だったからなのか。
 ならば、幼児は関係ないだろう!
 まだ息のあったバートが腕を断たれる。
 幼児の首が、冗談のように、転がり落ちた。
 その刹那の断末魔を最後に、俺の意識は、途切れた。



 気がついた時、俺は、男を引きずっていた。
 バートと同じようにしてやろう。
 幼児と同じように。
 ふたりよりもよりいっそう苦しみが長引くように。
 念入りに。
 まずは、殴る蹴るだったな。
 村の広場の周囲には炎が燃えている。
 俺の怒りは火炎となり、村の家々を焼き、わずかに二十人ばかりの住人たちは広場へと逃げ集まった。
 そこを、再び、炎で囲い込んだのだ。
 そこを越える勇気のある者はいないようだった。
 老若男女、関係はない。
 俺はただ荒れ狂う怒りのままに、ふるまう。
 そうして、半数ほどの男たちを殺した後、村のほとんどの人間が悲鳴すらなくしたころ、俺は、そいつを見つけたのだ。
 そいつの耳に光る、サファイアを。
 その見覚えのある石を。
「ああ。おまえがそれを奪ったんだったなぁ」
 アルトロメオの記憶が過る。
 声もなく俺を見上げる、恐怖に濁った女の目。
 土や煙や血に汚れた頬には、涙の筋が幾筋も描かれている。
 それがなんだというのだ。
 首を左右に振っているが、それがどういう意味だったのか、俺は思い出すことができなかった。
「バートたちを、殺したのは、それが理由か」
「そんなに、それが、欲しかったのか」
 俺の声は、低かった。
 だが、どうしようもない。
 腹の底からの怒りを、どうやればなだめることができるのか。
 この怒り。
 悲しみを。
 俺は、バートたちを救うことができなかったのだ。
 俺は、掌を差し出した。
「これをやろう」
 開いた掌から、サファイアがとめどなくあふれだす。
 女の目が呆然とそれを見つめる。
 いつの間にか、その目からは恐怖が消えている。
 取って代わったのは、まぎれもない欲だった。
「代わりに」
 俺は、それを、引き千切った。
 女が耳を抑えて地面を転がる。
 口からは醜悪な悲鳴があふれだす。
「うるさい」
 ふと手にしたままだったサファイアに気づいた。
 反対の手には、引き千切った女の耳がピアスをつけたまま血をながしている。
「ああ。これが欲しいのだったな」
 上向かせて固定した女の口に、サファイアを押し込む。
「もうひとつも、返してもらう」
 そういった時、女の目から涙が滂沱と流れ出した。
 女の頭を固定した手に、震えが伝わる。
「まだ足りないか?」
 欲張りだな。
 面白い。幾つはいるか、試してやろう。
 ざらざらと音をたてて、掌からサファイアがあふれだす。
 女の口の中へとながし込みつづける。
 俺を見る目に、
「ああ。これはやれない。これは、俺がバートにやったものだからな」
と、返す。
「だから、好きなだけ、代わりのサファイヤをくれてやろうさ」
 好きなだけ詰め込むといい。
 あれだけバートをバラバラにしておいて、まだ家の中も粗探ししていただろう。
 どれくらい詰め込んだだろう。気がつけば、口から石があふれだしていた。
「もう入らないか。ふん」
 見開いた茶色の目の奥を覗き込み、
「まるで、肝臓を採られるための家鴨だな」
 喉の奥で嗤う。
「ここを切り裂けば、石があふれだす」
 女の喉から腹を指でたどる。
 服の上からでも、腹が膨れているのがよくわかる。
 見下ろせば、女は気を失ったらしい。
「ふん。だらしない」
 女のながす体液に、興が醒める。
「そら」
 腰を抜かし震えるだけの村人たちの中に女を投げ出した。
 家鴨の断末魔めいた声とともに、幾つ部下のサファイアが地面に転がり落ちる。
 素早い手が、それを拾い上げるのを俺は無感動に見た。
「欲しければ切るといい」
「喉から手を突っ込むか?」
 声も無い村人たち。
 罪も無い?
 どこが。
 こいつら全員が、バートたちを殺した。
 こいつらは、村人の皮をかぶった盗賊だ。
 全員でバートたちを殺した残虐な、けだものだ。
「それを魔物のしわざだと、町に知らせた。そういうことなんですよ、勇者サマ?」
 俺は、振り返った。
 視線の先には、青い目を見開き立ち尽くす勇者の姿があった。
 赤い髪が、炎に照らされ、風にあおられる。
「これまでも、そういうことはあったろうが、たいてい魔物、魔族、悪魔の仕業と言われているよな」
 同じことだよな。  魔物と人間の違いはあっても。
「で、俺をどうします?」
「討つ」
 険しく睨みつけてくる青いまなざしを見返す。
 勇者の仲間が陣を作る。
「だよなぁ」
 笑いがこみあげてくる。
 どんな理由があっても、俺のやったことは虐殺だ。
 魔族ということを抜きにしても、勇者としては見過ごすことはできないだろう。
 きれいな、青。
 サファイアのような。
 なんだろう、この胸の奥からこみあげてくる感情は。
 俺は、剣を引き抜いた。




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つづく




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