異端の鳥  12.サファイア







「あたしだけでいい」
 強気なことばで、加勢しようとする騎士と傭兵らしきふたりを勇者は留めた。それに物言いたげなさまを見せながらも、陣の形成に加わる。
 彼らが描くのは勇者の力を最大限に引き出し、魔族から奪った魔力を勇者に与えるための魔法陣だった。
 普通の魔族なら、これを使われれば自滅の憂き目に遭うだろう。が、俺にはなぜか、効かない。魔力が奪われている感覚はあるが、それがダメージを与えない。これは、元々俺の魔力が微々たるものだからなのだろうか?
 ただし、この陣自体を維持するのにはかなりな体力と精神力を必要とする。
 俺ごときに、ご大層な。
 そう思いはしたものの、彼らは真剣なのだ。
 俺もまた、真剣ではあるけれど。
 森の中の小さな村は、炎でライトアップされている。
 吹く風に木々が揺れざわめき、残った村人たちの悲鳴と混ざり合う。それは、その場の雰囲気を嫌が応にも高めた。
 俺と勇者の周囲を勇者の仲間が取り巻く陣形が、うっすらと炎とは違う色を纏う。
 演出効果は満点だな。
 俺の片頬が引き攣れるような笑いをつくる。
 それを隙だと見たのだろう。
 勇者から仕掛けて来た。
 それを受け止め、押し返す。
 勇者の剣から波動を感じる。
 俺の魔力と同じ波動だった。が、波動は同じでも、力は持ち主たる俺の微々たる魔力にも劣っていた。
 勇者自身の問題なのか、それとも術を駆使する者の力量が足りていないのか。
 これでは、王を倒せないか。
 俺を睨みつけてくる青い瞳を見返し、俺から仕掛ける。
 数合の剣戟をやりとりする。
 鍔迫り合いにもつれこむ。
 ああ、きれいだ。
 こんなときなのに、俺は勇者の双眸に見惚れずにいられなかった。
 それが気に触ったのか、裂帛の気合いとともに俺を押し離す。
「まじめにやんな」
 そうだな。
 声には出さないが、どうしても口角が持ち上がってゆく。
 真面目にやらなければ。
 バレてしまう。
 こうして剣を交えて初めて、俺は、俺の情動の名前を見出すことができた。
 そうしてそれが決して叶えられるものではないことも。
 王が俺を“裏切り者”と誹る理由も。
 ようやく腑に落ちた。
 そうか。
「何故笑う!」
 ああ。
 これが嗤わずにいられるわけがない。
 俺は、勇者に恋をしていたのか。
 好きだとも愛しているとも、口にすること自体許されはしないだろう。
 なんとも、絶望的な想いに、涙を流すことさえ許されないに違いない。
 女々しく泣いたところで、どうなるというのだろう。
 ならばせめて、鈍くも愚かな自分自身を笑うよりない。
 その時、周囲が金色に輝いた。
 遠雷が耳をつんざく。
 ああ。
 気づかれた。
 急がなければ。
 次に打ちかかって来た剣に競り負けた振りをして、勇者をすぐ近くに招き入れる。
 勇者の眉間にいぶかしむ皺が刻まれたのを見た。
 罠だとでも思ったのだろう。
 すぐさま離れようとしたそのタイミングの勇者の剣をたたき落とす。
 誰かが勇者の名前らしきものを叫んだのを聞いた。
 返す勢いで、剣へと伸ばされる手首を鷲掴む。
 細い。
 俺の指が余る手首の細さに、いい知れぬ感情が沸き上がった。
 抱きしめたい。
 一度でよかった。
 それだけで充分だ。
「放せっ!」
 少しだけ揉み合い、勇者の勢いに引きずられる振りをする。
 俺の手を勇者が引っ張れるだけ引っ張って逃れようとしている形に見えるだろう。
 だが、俺に掴まれていない方の手が目的を持って動いているのを見ていた。
 さあ。
 早く!
 でなければ、彼が、王が、父が、来てしまう。
 そうなってしまっては遅いのだ。
 ああ。
 勇者が目的のものを引き抜いた。
 小振りな、それでいてひとを刺し貫けるほどの刃渡りを持つ、ナイフだった。
 その切っ先が俺に向けられている。
 その時の感情を、どう言い表せばいいのだろう。
 けれど、実際には、そんな暇などありはしなかった。
 俺は、ただ、ナイフを俺に向けている勇者を抱き寄せたのだ。

 ただ一度きりの抱擁は、灼熱の痛みを伴って、俺を貫く。

 俺が最期に見たものは、勇者の驚愕に見開かれたサファイヤのまなざしだった。
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つづく




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