異端の鳥  16.魔 王 3




 これまでもしてきたように、レキサンドラの記憶や心を弄ればよかったのかもしれない。
 しかし、あまり頻繁に脳を弄ることはレキサンドラにとって悪影響を及ぼしかねず、私に都合の良いように心を弄ることには私自身強い躊躇があった。
 自負もあった。
 いずれは自然と私を見るようになるだろうと。
 しかし、募ってゆくのは、負の感情ばかりだった。
 魔を統べる己が、自分の所有物ともいえるだろう存在に振り回されることに対する、嫌悪や怒り。
 我が統べる世界にいながら、我を“父”としか見ようとしない“息子”に対する苛立ち。
 人界を統べる“神”に対する嫉妬。
 それらが心の内に沈殿していった。
 より深く、降り積もり、まだ細いその首から下がるメダリオンにくちづけしている場面に掻き乱された。
 まるで敬虔な神の信徒のように、床に額付き、そのくちびるを首から外したメダリオンに寄せている。
 我が子が。
 この、私のものが!
 “聖”なる行為に、淫らがましさを感じるほどに、私の目は、曇っていた。
 積もりに積もって乱された負の感情は、ただでさえ曇っていた私の心の目を眩ませるのに充分なものだった。
 足下が揺らぎ、視界が歪む。
 緑色をアクセントとしたレキサンドラの私室の扉を開いたままの無様さで、私は体温が上昇するのを感じていた。
 彼が常に身に付けている唯一の装飾品には、記憶があった。
 それは、かつて元聖女の胸元に下がっていたものだったからだ。私は彼女を抱く時に、それを外すことも、引き千切ることもしなかった。それを彼女がどう思ったかは知らない。が、人界の神をレリーフしたメダリオンは、彼女の心の底にわずかに残った母性の象徴ででもあったろう。
「おとうさん」
 小さな声が、薄暗い室内に波紋を刻んだ。
 いつしかあらゆる物事を諦めたように無気力にただ私に従うようになっていたレキサンドラが、立ち上がり、数歩後ずさる。
 それだけで充分だった。
 私の中でなにかが爆ぜるのを、他人事のように感じていた。
 緑と赤の色違いの瞳が私を凝視する。
 その底に潜む恐怖を、私は確かに感じ取っていた。
 戯れに髪を撫で、首筋に顔を埋めたこともある。
 耳朶を軽くくちびるで挟んだことも。
 首から背中のラインを確かめるように、着衣の上から手で辿ったこともあった。
 いやがるレキサンドラをなだめ、触れるだけのくちづけを落としたことさえも。
 しかし、それだけだった。
 未だいとけなさの勝るレキサンドラ相手に、それ以上の行為を強いることは思いつかなかったからだ。
 私がしていたのは、獣じみたマーキングに過ぎなかった。
 これは私のモノなのだと。
 誰にも文句は言わせない。
 ましてや。
 誰にも触れさせはしない。
 誰にも見せたくはない。
 以前の失敗から、皆はレキサンドラを遠巻きにするようになっていた。それでも、レキサンドラに向けられる視線のひとつさえも無くしてしまいたいと、激しい悋気に狂ってしまいそうだった。
 私は、レキサンドラをその場に倒していた。
「おとうさんっ! ごめんなさいっ」
 痛みすら忘れたように、レキサンドラが謝罪を口にする。
「聞き飽きた」
 そう。
「お前の謝罪など、意味が無い」
 見上げてくるまなざしは絶望に閉ざされている。それでも、その底には一縷の望みが垣間見えた。
「たばかられるのも、飽きた」
「ごめんなさいっ! ごめんなさい。ごめんなさいっ! もう二度と、二度と祈りませんっ! だからっ! だから、止めてくださいっ」
 なおも言い募る謝罪と制止に、
「遅い」
 もはや、遅すぎるのだ。
 色違いの瞳の底から光が消えてゆく。
 小暗い歓びに囚われながら、私はレキサンドラの着衣の襟に手をかけた。
「いやだっ!」
 着衣の裂ける音が耳に心地好い。
 あばかれてゆく未だ完成されきらない肉体が、私の目を楽しませる。
「ひっ」
 なめらかな肌の手触りに、心が早鐘を打つ。
「いやだあっ」
 首を左右に振るたび、涙が貴石のような輝きを宿して散る。
 乱れた前髪を掻き上げて、赤く泣きはらした目元を舐めた。
「いくらでも泣くがいい」
 耳元に告げ、そのまま、私を拒絶しつづけることばを吐く憎らしいくちびるを堪能した。
 息を継ごうとかすかに開いたままのそこから舌を差し入れることは容易いことだった。
 惑う舌を絡めとり、蹂躙する。
 組み敷いた身体の下、未だ他人を知らない性器が熱を持ち始めているのが感じられた。からかうように身体を揺すり、刺激を与えた。
「ああっ」
 のけぞりかけた身体を抑え込み、
「心地好いか」
 顔を見下ろした。
 知り染めた他人による刺激に、涙にまみれた顔は赤く色付き、艶めいて見えた。
 頑是無い幼子のように、左右に首を振る。
「嘘つきめが」
 しゃくりあげるたびに上下する喉に歯をたてると、再び全身で反応をする。
 私を拒絶する為に肩を押し返そうとする両手をひとまとめに、抵抗を封じたまま、首から鎖骨、鎖骨から胸へと舌をはわせていった。
 ささやかな芽吹いたばかりの花の蕾めいた胸の飾りが、私の舌に触れてくる。
 その刹那の震えに、
「いい反応だ」
 知らず、口角が持ち上がっていた。
「ここで達することができれば、今日はやめてやる」
 少しずつ慣らしてやろう。
 虚ろなまなざしを見下ろして、未だやわらかなままのそこへとくちびるを寄せていった。
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つづく




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