異端の鳥  17.魔 王 4





 レキサンドラが自死を選ばないだろう予感はあった。
 人界の神は自決をよしとはしない。
 レキサンドラが人界の神の教えに染まりきっているのは、今更であったからだ。
 助けを求めるものを放置する神などを、あれは崇めている。
 神など、存在するだけに過ぎないという事実を、あれに教え込もう。
 そう。
 我もまた、この世界の神なれば。
 誰の祈りを、嘆きを、癒すだろう。
 ことさらに、メダリオンを取り上げることはしなかった。
 外すことも許さなかった。
 蹂躙する肌の上、人界の神の横顔が、なにも見てはいないことを告げていた。

 ぼんやりとただ天井を見上げ四肢を投げ出すレキサンドラは、まだ私の欲の総てを受け入れるにはおさなすぎる。
 だから、彼はまだ、私の本当の欲の深さ、情の強さを知らないでいる。
 時折、いずれは私を受け入れさせる箇所に触れ、くちびるを寄せるだけで、戦慄し、身を縮こませる。
 固く蕾むその色は、これだけ私の劣情に曝されても、処女の頑さを見せて儚げな血の色を浮かび上がらせているだけだ。
 そこを暴いた暁には、おそらく私は、狂うだろう。
 今でさえ、レキサンドラの匂いに、血に、涙に、堪えきれず上がる悲鳴に、血が滾るのだ。
 性器とは正反対の場所に私の男性器を含ませ、舐めしゃぶらせる。未だ細い腿の間に挟ませ、腰を使う。やわらかな手に握らせ、擦らせる。
 物足りない。
 深く、繋がりたかった。
 そんな日々がどれほど続いただろう。
 私はすっかりレキサンドラに溺れていた。
 しかし。
 私の劣情が勝れば勝りゆくだけ、レキサンドラからは精気が薄れてゆく。
 夜の室内に灯した炎に照らされて赤く染まる右目も、朝昼と色を変えることの無い左目も、かつての澄んだ色調を無くしてただ虚ろに見開かれたままだった。
 もはや、その口が、拒絶をことばとして紡ぐことさえも、稀となっていた。
 紫紺のシーツに映えた白い肌は、どこか輝きさえ失い、滑らかさも弾力さえも、以前とは異なってしまった。
 魔力を注いでみた。
 しかし、半魔であるゆえか、外から注ぎ込まれる魔力は、意味をなさなかった。
 受け付けなかったのだ。
 半魔はあくまでもその内側から生まれる魔力でなければ、受け付けないということなのか。ならば、半魔は心が弱れば、それまでということにならないか。心の死イコール成体活動の低下もしくは、即死に繋がる可能性があるということか。
 それとも、単に私の魔力だから、受け入れないと言うことなのか。
 私の心の底が、冷たく凍(こご)れ爛れるような錯覚を覚えた。
 が、感情に囚われて手をこまねいていてもしかたがない。
 軽く瞑目し心を落ち着けた後に、私はほんの少しだけ彼の魔力の封印を解いた。
 瞠目せずにはいられなかった。
 封印した魔力までもが、弱っていたからだ。
 今のレキサンドラを元に戻すには、封印を解放しきらなければならない。その後に再び封印を施さなければならないのか。それ自体は私にとっては些細なものだ。しかし、成長したレキサンドラにとっては苦痛を伴うものだろう。封印を受けたと気づかれないうちに封じてしまわねばならない。かつて導きだした仮定の未来を呼び込まない為にも、それは、必要な処置だった。
 なんとも、半魔とは、脆い。
 不安定さは、人間と変わらないように思えた。
 私は、溜め息を吐かずにはいられなかった。

 意味のない行為ではあったが、瞼を閉ざしてやり、黒味の強い灰色の髪を掻き上げる。そのなめらかな感触に陶然となりながら、撫でつづけた。
 呼吸が落ち着き、緩やかになる。
 眠りに落ちたのを見定めて、私は、レキサンドラを見守ることにした。再びの封印の瞬間を過つことのないようにだ。
 静かに時間が過ぎてゆく。
 耳に、レキサンドラの呼吸の音と時折の衣擦れの音だけが届いた。
 どれほど見守っていただろう。
 青ざめていた頬に少しだけ、赤みが差してきたようだった。
 反対に、その熱だけが生きている証であった体温の高さが、少しずつ落ち着いてゆく。
 汗ばむレキサンドラの額に手を当て、手の甲に己の額を当てる。
 彼本来の魔力が全身を巡り始めたのが感じられた。やがては、吸収され、感情の振幅とともに育ってゆくはずである。封印を受けても尚、それは変わらない。
 これならば、かまうこともあるまい。
 未だ目覚めぬこの刹那に、もう一度封じるのだ。今ならば、さしたる苦痛も感じまい。要らぬ苦痛はできるだけ感じない方がいい。
 彼の魔力は微々たるものとなるだろうが、活動に支障が起きることはない。
 額に当てた掌から、私は封印の呪を流し込んだ。



 目覚めたレキサンドラに、
「なにか、欲しいもの、もしくは、やりたいものはないか」
と、訊ねてみた。
 籠の鳥のような生活では半魔は弱るのだと慮っての問いではあったが、かすかに目を見開いたレキサンドラに、これまで彼の意見などを訊ねたことがなかったことに思い至った。
 窶れたからだを寝台の上でもがくようにして起こしかけたレキサンドラに、
「そのままで構わない」
と、押しとどめる。
 驚愕をおしひそめたかの沈黙の後に、
「なんでもいいのですか」
 掠れた声が、そろりと問い返してきた。
「構わない」
 そう。
 自分がどれだけレキサンドラに囚われていたのか、思い知った直後だった。
「剣を習いたいです」
 注意深い沈黙の後に、彼はそう告げた。
 そのまなざしにこめられた憧憬を見て、
「いいだろう」
 それ以外の何を口にすることができただろう。

 この世界に武器を持って戦うものといえば、精々がところ下級の魔族以下の人形(ひとがた)をした魔物くらいである。それ以外に武器を扱えるものとなれば、人間だが、連れてきた途端、使い物にならなくなるだろう。とはいえ、レキサンドラをこの世界から出すつもりはなかった。
「そういえば、いたな」
 しばらく考えて、思い出した。
 塔でまだ聖魔の相手をしている可能性のある元勇者である。聖魔の精気を受けているならば、まだ、老いてはいないはずである。問題は、
「使い物になるか」
という一点にある。
 なるなら、レキサンドラの剣の師として、適任だろう。
 私は、元勇者を気に入っていた聖魔を呼び出した。
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つづく




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