気がついたとき、俺は、王の腕の中だった。
あまりに近すぎる距離のせいで最初はそうと認識できなかったものの、体温も吐息も匂いさえも、馴染み過ぎてきたそれらに、ああ抱かれているのだと、心が強張った。
王の部屋の寝台の上、背中に感じる滑らかな布の肌触りさえもが、煩わしい。
メダリオンの鎖が喉を軽く締めつけてくる。
少しだけ身体を起こした王が、その金のまなざしで俺の目を捉える。
その、冷えたような、滾るような、不思議な色に眩惑される。
ことばはなかった。
ただ、不敵な笑いを口角に刻んで、王は俺にくちづけてきた。最初はやさしく、啄むように。次第に深く、俺の口内をなぶり尽くそうとする。
けれども、王は、実の父だ。血の繋がった、偽りない、俺の、父親なのだ。俺の頭の中から薄れることのない恐怖と嫌悪とが全身に駆け巡る。これはいけないことなのだと。あってはならない関係なのだと、警告が発される。
わかっている。
わかっている。
わかっているんだ。
わかっている。こんなことはしてはいけないことなのだと。
逸る血流が、警告に同意する。
けれども。
同意すると同時に、逃げられないことを、思い出させる。俺は、王のものだから、王の望みのままにその行為を受け入れなければならないのだと。俺には抵抗することも許されてはいないのだと。
ぐらぐらと、近すぎて潰れて見える暗い視界が、揺れる。
自然に溢れ出てくる涙に、総てが暗い黄金色に潰されてゆく。
そうして、馴れた行為が始まったはずだった。
馴れてしまった。
馴らされてしまった、行為のはずだった。
王の快楽に奉仕しながら、共に快楽に翻弄される。
そこにあるのは、血の繋がりを意識する心の悲鳴と、奉仕の苦痛だけのはずだったのに。
与えられる快楽に声を噛み殺す自分の頑さだけのはずであったのに。
王の命に逆らえない、己の情けなさであったはずなのに。
それなのに。
「ひっ」
全身が震えた。
それは、達した時に感じた震えとは別のものだった。
まるで殺される寸前の獲物のように、一瞬の巨大な逆らいがたいうねりに囚われた。
「な、なにをっ」
信じられないところに信じられないものを感じたせいだった。
確かに、たまさかのこと、王がそこに触れてくることはあった。
しかし、それを、俺は、王の戯れに過ぎないとおもっていた。
俺が、それを、知るはずもない。
俺は、他の魔がまぐわっているところを見たこともなければ、そんなことに興味すら持っていなかったのだ。第一、王は、そんなことに興味を持つ俺を許しはしなかっただろう。
王は、俺が王以外に目を向けることを良しとはしていない。
俺に剣を習うことを許したのは、ただ、俺が無気力になるのが彼の気に添わなかったからに過ぎない。
俺は、そう、考えていた。
だから、俺が王に与えられる性的な接触以外に知っていることは、剣を使うことくらいだった。
だから、俺が知っている性的なことは、王が俺にすることだけだった。
そうして、これまで、俺は、そこに王を受け入れたことはなかったのだ。
そんな俺にどうしてそこになにかを受け入れることができるなどと、知る機会があっただろう。
言い切ってしまえば、俺は無知であり、無気力でさえあった。
剣を振るってさえいられれば、それだけでよかったのだ。
その剣の師の死を見、葬送を見せられ、その時の俺は、いつもよりも、無気力であったろう。
いつもと同じ行為でさえあったならば、血流に乗った警告を無視することは容易かった。
容易いはずだったのだ。
そこを舐められ、舌と指とを使い解される不快な感触に曝されたあげく、王の猛りを無理矢理受け入れさせられさえしなければ。
あまりの熱と痛みとに、俺の頑さはあえなく砕かれた。
悲鳴を上げ、泣き叫び、ただ王に許しを乞いつづけた。
「許してください」
と。
「お父さん、許してください。もう、もうやめてください」
阿呆のように、ただそれだけをとぎれとぎれに俺は、口にした。
しかし、王は、その行為を決して止めようとはしなかった。
王のマグマが真実俺を犯し、王が最後の余韻を味わうかのようにゆっくりとそれを引き抜いていったのを理解した瞬間まで、俺はただ許しを乞いつづける王の人形でしかなかった。
そうして、王の欲望が俺の内臓を蹂躙し尽くしたのだと、親子の最後の枷を千切られたのだと思い知らされたその時になって、俺はようやく、意識を手放すことを許されたのだった。
後口を暴かれた痛みを感じながら、俺は気を失ったのだ。
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