異端の鳥  24.闇に堕ちる





 しかし、それでも、終わりではなかった。
 常に無表情な王の唯一と言っていい、感情をほのめかすことのある対の瞳の奥になにがしかの感情を見出した途端、俺は無意識に短い悲鳴を上げていた。
 王の双眼が宿すものは、怒り以外のなにものでもなかったからだ。
 そうして、それは、俺に向けられていた。
 何が行われるのか。
 王が、何をしようとしているのか。
 全身の痛みよりも気怠さよりも、その不安による心臓の痛みがより勝った。
 何をされるのか。
 王は、俺に怒りを覚えているのだ。
 ありえない箇所を暴いたのは、その激情のあまりだったのに違いない。
 怖かった。
 気を失う前に、既に俺の矜持など打ち砕かれていた。
 容易く溢れ出る並だと嗚咽に、ますますの恐怖がこみ上げる。
「ごめんなさい」
 いつの間にか馴染んでしまったひとことが、まるでオウムか機械人形(オートマタ)のひとつ覚えのように口からこぼれだす。
「何を許せと言う?」
 ことさらにゆるやかな王の声は、いっそ穏やかで、それが俺の恐怖をいや増さずにはおれないのだ。
 涙の雫を王の先細りの細い指が掬い取る。
 くつりと喉の奥でひとつ笑い、王は、背を向けた。
 呆気にとられた俺の張りつめた気をしぼませるに充分なタイミングで。
 まさにそれを目論んでいたのだろう。
 瞬間、王は振り向き、俺の手首を縛めたのだ。
「やだっ」
 手首に食い込んでくる革のしなる感触に、俺は、王の怒りは覚めていないのだと理解する。
 それどころか、その金の瞳に紛いようのない狂気を潜めて、俺の抵抗をささやかであるが苛立たしいとばかりに縛めてゆく。
「半分はひとの血を抱くお前には、ひとの手による淫具も似つかわしい」
 淫具?!
 そのことばに、俺の恐慌は最高を来した。
 口は開くが、声は出なかった。
 縛める革もまた、王が手にした馬の鞭めいたものと同じく、その淫具なのだと、理解せざるを得なかったのだ。
 全身が震える。
「これに感じるようになるのでは、な」
 落ちるか?
 縛められた身体を何カ所も鋭く打ち据えられた。
 身を竦めれば、革がよりいっそう俺をきつく縛めた。
 わざと俺の感じる箇所に食い込むようにして這わせたのだろう革が、訳の分からない感触を俺にもたらし、しかし、打たれる痛みによって、それが散る。
 それが、救いだった。
 どれほど打たれつづけたのだろう。
 結局、俺は、達することなかった。
 涙で視界は閉ざされ、まるで頑是無い子供のようにすすり泣きつづける俺は、ただひたすらにこの凶行からの解放を願いつづけた。
 気を失うことなどできなかった。
 怖くて痛くて、辛いだけだった。
 こんなことが淫らな感触に繋がるだなどと、俺には思えなかった。もちろんそんなまともな思考など、この時の俺にはなかったが。
 次々とどこからともなく取り出されて使用されるそれらは、かすむ俺の目にはっきりとその淫猥な姿を見せることはなかった。
 王もまた、ことさらに見せつけようとはしなかった。
 それは、救いであったのだろうか。
 己を苛むものの正体が見えない。それが、いっそうの恐怖を俺に与えたのもまた、事実であったから。


 気が狂うほどの凶行の果てに、王は満足を得たのだろう。
 俺の前髪を掻き上げて、額を触れ合わせてきた。
 もはやその頃には指一本動かす余力もなく、俺の意識はただ朦朧としているだけだったが。
 それでも。
 その問いだけは、やけに明瞭に耳に届いた。
 そうして、それに答えなければならないこともまた、俺は強迫観念に近く理解していた。
「お前は誰のものだ」
 馴染んだ問いだったからだろうか。
 必死になって、俺は、声を、答えを絞り出した。
「お、うの、お、とう、さん、の、ものっ、です」
 額から、王の額の熱が離れてゆく。
 やがて再び額に触れるのは王の掌の冷ややかさへと変じ、
「いい子だ」
 幾分か和らいだ声に、安堵したのも束の間、
「それを胆に命じておけ」
と、王の声が鞭の撓りの鋭さを孕んで聞こえてきたのだった。
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つづく




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