あれ以来、王の執着は、一層酷くなった。
毎日、王の望む時に、望む場所で、王に抱かれた。
それは、俺の身体と心を打ちのめした。
“王のもの”という誓いを破り、逃げたかった。逃げることができないなら、せめて、剣を振るいたかった。
けれど。
限界を超えて貫き迸るものが、俺から総てを根こそぎ奪ったのだ。
俺は、いつかのように、ただぼんやりと無感覚に日々を過ごすようになっていった。
そうして、不意に、思い出したのだ。
首に絡む鎖、その先に揺れるメダリオンの存在を。
“王”がなにものであったかを。
今更な認識だった。
王は父であり男だ。
そう。
同性に抱かれて善がる俺を、まざまざと思い知らされ、俺は、唯一俺に残された“逃げ道”を考えた。
しかし。
メダリオンに刻まれた人の世の神が、俺を冷たく罵る。
「禁忌を犯しておいて、安息を得られると思うか」と。
「既にして罪人の分際で」と。
「人ですらないくせに」と。
そうだった。
人の世の神になど俺が祈れるはずはなかったのだ。
俺は、メダリオンを引き千切り、投げ捨てた。
絨毯の毛足に半ば埋もれるそれを、踏みしめた。
踏みにじった。
知らぬ間に、俺の両眼からは涙がながれだしていた。
しかし、俺の喉から迸り出たのは、嘲笑だった。
それはやがて嗚咽へと変化し、止まらない慟哭となった。
そうして、俺は、王に従順な、ただのペットになったのだ。
何を命じられても、何を望まれても、ただ、受け入れた。
そんな俺をどう思ったのか、王は俺を抱くのに少し間を空けるようになった。
しかし、俺は、変わらなかった。
金の目が、俺を見下ろす。
何の感情も伺えないそれを、俺はただ見返した。
それからだった。王が俺に少しの自由を与えるようになったのは。
同時に、王の命に従い、色々な階級の者を処刑するようにもなっていた。最下層のグールたちから、上級魔たちまでさまざまだった。そうして、その実、俺に課された職務を、処刑執行と言ってしまっていいのかどうか、俺にはわからなかった。あの日、元勇者の死の当日、ドラゴンの王が二つ首になって現れたのを屠ったのと同じく、彼らは一様に二つ首になっていたからだ。片方は死を望み、片方は狂ったように王への反逆を叫んでいた。
だから、片方の首に摂っては、確かに、処刑であったろうが。
彼らにもとより二つの首があったわけではないように、二心があったとは思えない。
魔王はすなわち神であったから、逆らってどうなるものでもないのだ。
幾度も彼らを処刑するうちに、俺にはそれが魔に産まれた者たちの死病であるとわかってきた。
寿命の近づいた魔の、避けられない病であるのだと。
それを知れば、もはや、俺の行っていることを処刑と断じることなどできるはずもない。
俺は苦しむ彼らに死の安息を与えるだけだった。
だから、彼らにとって俺は死を与える者ではあったが、決して処刑する者として恐れる者ではなかった。
もちろん、それは、頻繁にあることではなかった。
そのため王の命が下らない時、俺はどうすればいいのかわからなかった。
王は相変わらず俺を抱いたが、以前ほど頻繁ではなくなっていた。かといって、王が俺以外を抱くことは決してなく、俺を抱くときの王は、間を開ける為か、以前より苛烈ですらあった。
暇を暇としてもてあますようになった俺に、王は、人間の世界で自由にすることを許した。
ただし、王が呼ぶ時には即座に帰るようにとの条件つきで。
王の目やことばを意識しないでいい、初めての自由に、俺は戸惑った。
けれど、一度手にした自由に、何時しか慣れた。
いつも縮こまっていた背筋が、伸びる。
顔を上げ、とても久しぶりの、俺を照らす人の世の太陽や月、風や雨、雪や雹、嵐を味わったのだ。
いろんな場所にも出向いた。
王に呼び戻される以外に時間はたっぷりあった。だから、俺はふらふらと彷徨うように人の世を旅した。
そうして、俺は、人の世の過酷さをも思い出した。
俺が一番最初に見つけた、半魔。
彼によって。
名前すら与えられてなかった彼に名前を付けたのは、俺だ。
クレイトンという名を、彼はことのほか喜んだ。
そうして、俺は、クレイトンと行動を共にした。
何故だか、王はクレイトンと行動をする俺を罰することはなく、彼にも咎めはなかった。
俺は、人の世と魔の世界を行き来しながら、残る四名の半魔を見出し、そうして、最後のひとり、六人目の半魔、無惨な死を遂げたバートを見つけることになるのだった。
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