目立ちもせず、落ちこぼれもせず、俺は士官学校を卒業した。
平の騎士として、城の警護班に就職も決まっていた。
近くでなくてよかったからだ。
目指したサルビアの赤を、時折垣間見る。それだけで、俺は満足できた。
心の底から、元勇者の女王陛下にお仕えできることを誇りに思えた。しかし、何故だろう。ほんの小指の先ほどの痛みが胸の奥に常に残っていた。それは、まるで喉に刺さって抜けない魚の骨のような、小さな、それでいて折りにふれては気に障ってならないような、無視できない痛みだった。
その棘の痛みを必死で無視しようとしつづけてきたツケを、今、思い知らされている。
琥珀の底に沈んだような王都の闇の中で。
毟り取られた眼帯の下、十五年ぶりの外気を感じた俺の右目が、そのひとを見上げていた。
ひと?
違う。
これ、は、ひとではない。
魔物でもない。
魔族でも。
「ごめんなさい」
震える声が、情けない。
「裏切って、ごめんなさい」
これ、は。
紛うことなく、魔を統べる者。
魔王であり、魔神なのだ。
俺、は。
俺は、その、息子。
神を裏切った、不肖の息子なのだった。
あふれる涙が、新月の闇を宿す。
「お父さん」
頭が痛かった。
息が苦しかった。
すべてがクリアになった今、滅びから再生した魔王に石畳に押し倒された自分を意識するよりなかった。
「っ!」
俺の右目を舐める舌の熱が、記憶を蘇らせる。
すべてを。
忘れ去りたかった、アルトロメオに忘れさせてもらった父との関係までもを。
父の舌が、右目からまなじりをすべり、耳へと移動する。
耳から、首筋へと。
痛みが走って、俺はまさかと、琥珀を見上げる闇の中で、目を凝らした。
遥かに遠い光に、俺は闇の底に閉ざされるのだと、恐怖する。
あの赤を!
求めつづけたあの赤を。
俺は、父に見下ろされながら、それでも、手を伸ばさずにはいられないのだ。
それが、父の逆鱗に触れることになろうとも。
しかしそれも、
「そこまで意地をはるというなら、ここに、私の紋を刻みつけてやろう」
そのひとことで終わりを告げる。
右目のすぐそこに、父の指先を感じた。
「誰が見ても、お前が私のものだとわかるように」
拒絶する暇もありはしなかった。
壮絶な痛みが俺の右目を中心に迸ったからだ。
「これまではまだ、目こぼししてやっていたに過ぎない」
魔神の紋章を右目に刻印されて、ひとなかに混じれるはずもあるまい。
「質の悪い遊びはやめて戻れ」
戻るよりなかろうがな。
「お前は、我が子」
私が愛する唯一の子だ。
あまりの痛みに意識を失う術すらなくした俺の耳に、父の声が聞こえた。
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