メタモルフォーゼ 2



 どう見ても西洋アンティークに夢中な女性の部屋。そんな、値段を聞けば目を剥かずにいはいられないだろう数々の調度品に囲まれて、和佐は天井を見上げていた。
 幸徳井本家で暮らすようになってもうそろそろ二週間になる。
 けれど、自分の身の上に起きたことを納得したくなかった。納得したくないのに、けれど、強靭な神経はこれくらいのことでは傷つかないとでも言うかのように、気が狂うわけでもなくて。
(なんだかなぁ………)
 ふぅーと、和佐はひとつ溜息をついた。
(どうして俺が女になるんだよっ?!)
 女になってしまって、もう四週間になる。これが母方の遺伝だと言われても、納得できない。したくない。だから、和佐はまだ、元の自分に戻るようにと念じることをやめてはいなかった。
(愛してしまった相手に合わせて性が変わるだとぉ?! そんなふざけた一族が存在するだなんて、誰が信じるかってんだ)
 しかも、女に変わってしまったということは………。
(オレがあいつを愛してるってか)
 貴之の、性格のとんでもなさを面の皮一枚で隠した端正な顔を思い浮かべる。
 女になってしまう前から、たしかにそういう関係ではあった。たとえ自分から望んでのものではなくとも。力ずくの実力行使に屈せずにおれなかったのだとしても。それを、否定はしない。
 だからといって、親父の言ったようにからだのほうが先に、愛していることに気づいてしまったなんてこと、認めたいはずがない。
 それではまるで、男に(貴之にか?)愛されたいからという理由で、自分から望んで性転換をしてしまったみたいじゃないか。
 しかもこれ幸いと、一族間の結束のためとか言う理由で、貴之との結婚が決められてしまっては、
((オレが何をしたって言うんだ?!))
 と、被害者意識の塊になってしまっても、和佐を不甲斐ないとはいえないだろう。
(くさるよなぁ。まったく!)
 タバコも取り上げられて、強制的な禁煙である。自販機で買って吸うということもできないではないが、ばれた時のことを考えればわざわざそこまですることではないというような気分になってくる。
(映画でも観てくるかな)
(うん。いいかもしれない)
 部屋でくすぶっているから、くさるのだ。
 時間が余りすぎるのも問題なのだろう。
 元の自分を知っている使用人たちに、今の自分を見られるのが厭だから。そんな理由で閉じこもっているから、落ち込んでしまうのだ。もっとも、ボディー・ガードたちは別である。散々に貴之の片棒を担いでいるヤツらだから、いくら和佐でももう開き直りの境地に達している。
 アメリカ製のアクションものでも見れば、少しは気分が晴れるかもしれない。
(何かいいのがあったかな?)
 アパートを引き払う時に持ってきた荷物の中にあったはずのタウン情報誌を引っ張り出す。
 なんとか家人に見つからずに玄関までたどりついた和佐が自分のスニーカーを探していると、一番会いたくない人物の声が背後から降ってきた。そういえば、日曜日だったのだと思いいたる。
「行き先くらいは告げるものだ」
(くそっ! 目敏いヤツだ)
「映画を見て来るっ」
 そう言って振り仰ぐと、相変わらず着物姿の貴之が、腕を組んで自分を見下ろしている。この視線の差も気に食わない。ただでさえ独りでいきりたっているというのに、ますます腹が立ってくる。
「そんな格好でかい?」
 いかにも変な格好をしているといったふうに言ってくる貴之にカッとなる。
 着物でも着てゆけというのだろうか。
「ジーンズとTシャツのどこがおかしいんだっ?!」
 そう言って立ち上がった和佐の顔のすぐ前に、貴之の顔が迫っていた。
「よせって」
 突っ張ろうとした手をひとまとめにして、強引にくちびるを重ねてくる。
 ジンと腰骨のあたりにぞわぞわとする感覚が芽生えはじめるのを感じて、和佐は焦った。藻掻いても藻掻いても、貴之はきつく抱きしめ舌をからめてくるのだ。
「ばっか、やろっ!」
 ようやく解放されたときには、腰が砕けてしまいそうだった。思わずその場にうずくまりそうになる。しかし、貴之のキスひとつにそんなにも感じただなんて知られるなんて、悔しすぎる。バレバレなのかもしれないが…。和佐はかろうじて持ち堪えたのだ。
 顔が熱い。赤くなっているのだろう。心臓がバクバクと踊っているのを痛いくらいに感じて、和佐は思わず手を振りかぶっていた。
 振り下ろされた和佐の右手を掴み、貴之はまじまじとその手の甲を眺める。
「ちょっと、やめろって。映画間に合わなくなっちまうだろうがっ」
 放させようとするのだが、悲しいくらい非力になってしまった自分を思い知らされるだけだった。
 ぎりぎりと歯を喰いしばった和佐の紅潮した顔へついと視線を移した貴之は、フッとばかりに口角を引き上げた。
 その胡乱な笑みに、よからぬ予感が和佐の脳裏を過ぎる。
 ギクンと身を引こうとする和佐を、しかし貴之が逃がすはずもない。一度捕らえた獲物を解放するようなタイプではないのだ。それは、散散身を以って経験していたが、厭なものは厭なのだ。
「ちょっ、まてっ。歩く。自分で歩くっ」
 嘘だろう。
 貴之は軽々と和佐を抱え上げたのである。
 こいつのどこにこんな力があるんだ。いや、まあ、元の姿の時に散々押さえつけられたりしたこともあって、こいつの力が意外に強いと知っていたが、まさか、抱き上げられるだなんて考えたこともなかった。救いは、いわゆるお姫さま抱きではないということだろうか。
 フルフルと首を横に振る。
 そんなことはない。
(肩に抱え上げられるのだって、恥ずかしさはさして変わらんじゃないかぁ!!!)
「貴之。おろせって」
 じたばたと肩の上で暴れる和佐を気にするふうもなく、貴之は和佐の部屋まで引き返す。
「なんだよっ」
 年代物のベッドに下ろされて、和佐はふてくされて貴之を見上げた。
 なんとなく、抱こうとする雰囲気でないのだけは、わかった。
 腕組みをしたまま、
「映画に行くっていったろうが」
 と、余裕で文句をたれることができたのだが。部屋に戻るまでに行き交った使用人に何かを命じていたのを思い出し、さっき感じたよからぬ予感を思い出す。それは、緒方が現われることで、現実になった。緒方は先日の変則的で強制的な見合い(?!)のために、和佐に着物を着せていた女中の中にいた年配の女性である。
「?」
 緒方というその女中は貴之と和佐にひとつ頭を下げ部屋に入ってきた。そうして押入れを開けるとそこに収納してある洋服ダンスの中から何かを取り出したのだ。
 緒方の手にしているものを見て、和佐はギョッと目を剥いた。
 シルクなのか麻なのか、ブルーグレイのやけに可愛らしいワンピース。それに合わせたらしいつばの広い帽子、ポシェットにハンカチ、もろもろの下着類。
 どう考えても、やはりこれらを着ろということなのだろう。
「オレは、イヤ、だぞ。貴之。オレは、さっきも言ったけど、たかが映画に行くだけなんだよ?!」
 はっきり言って、スカートなんかはきたくない。フェミニンなワンピースなどはなっから問題外の言語道断である。この四週間というものあずみの乙女心を傷つけた最初の日と着物を着せられた日とをのぞいては、とにかくジーンズで通してきたのだ。それはもちろん、ここに来たからといって変えなかった。
 駄目だと言ったら徹底的に抵抗してやる。こんな自分がイヤだというなら、幸徳井にふさわしくないと思うなら、追い出せばいいのだ。
(オレは、いつだって出てってやるんだからなっ!)
 けれど、そんな和佐の考えなど最初っからお見通しの貴之が、服装に文句をつけることは今の今までなかったのだ。それがいきなり、文句ではなく実力行使である。いかにも貴之な行動に、和佐は絶句した。
「私が戻ってくるまでに着替えておいで」
 チュッとこめかみにキスをすると(なんのつもりだ? オイ)、殊更やさしそうに(背中にぞぞ〜っと粟が立つ)言って、部屋から出て行ったのだ。
 新しい嫌がらせ(そうにちがいない)に、頭が真っ白になる。
「さあ、和佐さま」
(このひとって、いつも楽しそうだよな)
 はぁ。
 和佐はひとつこれみよがしな溜息をつくと、渋々と服を脱いだのである。
 ストッキングの感触が気持ち悪くて、
「これ、ど〜っしても、はかないと駄目なのか?」
 足にぴったりと貼りつくような生地を指で引っ張り、そう訊く。
「映画館はクーラーが利いていて冷えますから、なるべくデニールが高めのストッキングをはいているほうがいいと思いますわ」
 デニールって何? と思ったものの、それよりも気になるのが、
「冷えるんなら、こんなんじゃなくってズボンでもいいと思う」
 ということである。
「まぁ。とてもよくお似合いですのに、これがおいやなのですか?」
「イヤなんだよ」
(このひとって、オレが元は男だって知らないのか? いや、そのほうがいいんだが)
「貴之さまが悲しまれますわ」
(そんなのは、どうでもいいんだよ!)
 貴之が喜ぼうが怒ろうが、んなものは、我が身に実害の及ばないかぎりはかまわない。ただ、怒らせてしまうと確実に被害を被るのが自分だとわかっているので、強く出ることができないというだけのことなのだ。
 はっきり言ってしまえば、もう抱かれたくなんかない。虚しい望みとわかっていても、願わずにはいられないくらいに切実な希望だったりなんかするのだ。
 怒鳴りたかったが、女の人相手にそれはできなくて、和佐は脱力するよりなかった。
 そうこうするうちに、外出着に着替えた貴之がやってきた。
「おまえも映画が観たかったってか?」
 憎まれ口も心地好いとばかりにふふんと笑いで答えた貴之は、
「なかなかの美少女ぶりだな」
 顎を持ち上げ、そうして、言う。
「化粧をするつもりはないのかな?」
 意地悪く口角を歪めてなおも言いつのる貴之の足を、和佐は思いっきり踏みつけた。
 クスクスと面白そうに笑う貴之は、いかにもないじめっ子である。
 貴之の余裕の原因を考えると、頭を抱えてじたばたと暴れたくなる。
 そう。自分が遺伝情報に従って女になってしまったということは、つまり、自分が誰か男に惚れたということの証拠なのだ。
 認めたくなくて足掻いているが、その対象として当てはまるのは、この、目の前でその筋の御曹司のようなキザなスーツ姿で立っている貴之しかいないのだ。
(くそったれがっ!)
 掠めるようにもう一度くちづけられて、握りしめた拳がわなわなと震える。
「さあ、出かけようか」
 貴之はそう言って嫌がる和佐の手を引いたのである。


※ ※ ※


 上映時間をロビーで待つ間も、ちろちろと向けられるあからさまな視線やひそめた声。
(本性を知らなければ、見てくれだけはまぁいい線いってんだろうからな。こいつは。欲しいって言うなら持ってってくれないかなぁ………)
(誰にだって、ただでくれてやるんだけど……)
 そう考えながら腕を組んで壁にもたれる。少し足が楽になった。ヒールというのがこんなに大変だとは、これまで考えたことすらなかった。
(バランスがとりにくいんだよな………)
 そんな和佐にも大多数の男性の視線が向けられていることに、彼だけが気づいてはいないのだ。
「どこにいくんだよ」
 オレは腹が減ってんだよなぁと、和佐は車のバックシートに深く背中を預けていた。
 自分一人で観た後にはハンバーガーでも食べて帰ればいいと考えていたのだが、貴之が一緒ではそうもいかないだろう。
 ハンバーガーにかぶりつく貴之の図を想像してしまい、和佐は眉間に皺を寄せた。
(にあわねぇよな)
 ファーストフードや吊るしの背広などは、相性が貴之とはとことん最悪なようである。
 自分で自分の空想の不気味さに、頭の中に残っている図を打ち消した。その時、
「おまえの用に付き合ったのだから、今度は私の用に付き合ってもらおう」
(付き合ってくれなんていった覚えはないっ)
 ジロンと、貴之を横目で見る。
「そんなに誘うな」
 思わぬ切り返しに、
「ばっ! 誰が、だっ」
 和佐はむせ返る。
 遊ばれているとわかっていても、反応を返さずにはいられない。そんな和佐に、貴之は忍び笑いを洩らしていた。
 やがて、車が衝撃も少なく停まり、同乗していた新井がドアを開ける。
 車から降りた和佐が連れて行かれたのは、某老舗の宝飾専門店だった。
 日曜ということもあってか、かなりの客の入りである。そのほとんどがカップルというのが、なんとも……………。
 すっかり忘れていたよからぬ予感が、またぞろよみがえる。
 貴之は平然と店内に入り、その辺のガラスケースには見向きもしない。店員に向かって何事か告げている。
 これまでジュエリーショップなどとは縁遠かった和佐は、珍しさにぐるりと店内を見渡した。その視線が、ふとあるものに留まる。
 ゲッ!!
 まさか………。
 後ろざまに一歩後退し、よろけそうになるのを堪えてどうにかくるりとターンする。そうして、店内から出ようとした和佐を、新井と黒田の二人が引きとめようと進んだ。
「てめぇらどけっ!」
 可憐な美少女の口から発せられたどすのきいた声に、店員と客が目を丸くし、和佐を凝視する。
 ばつが悪いのは和佐である。
 腹立たしさをぶつけるところがなくて、和佐はその場に突っ立って貴之を睨みつけた。
 睨みつけられている貴之だけが、しれっとした表情で和佐の次の行動を待っている。
 わなわなと震えている和佐を、黒田と新井が貴之の元へと進ませた。その時ようやく、オーナーが奥から現われた。
「幸徳井さま」
 貴之の前で頭を下げるのは、ここが氷見子刀自のいきつけの店だからなのだろう。それとも、幸徳井の名に焦ったのか。
(もっと地味に生きれねぇかぁ………)
 突然のオーナーの出現とその行動に驚いている店員と、なにが起きているのか興味津々な客たちの視線にさらされて、和佐は居心地が悪くてならなかった。
 通された奥の部屋は、あきらかに一般とはランクが違うといったようすだった。照明を絞ったゆったりとした部屋には、趣味のよい銅版画や生花をいけたガラスの花瓶がさりげなく置いてある。
 勧められるままにソファに腰を下ろした。ここでイヤだと喚いては、悪目立ちも過ぎるだろうと、観念したのだ。もちろん、後で覚えてろよと、ふつふつと煮立つ怒りを堪えている和佐である。
「婚約指輪でございますね。お相手はこちらのお嬢さまでございますか」
 立て板に水でにこやかに接待するオーナーに言われるまま手を出した和佐だったが、指のサイズを測られるにいたってようやく我に返った。
「いらない」
 簡潔に拒否する。
「どうして? 結婚が決まっているのだから、必要だろう。それとも、別のものを贈ろうか?」
 イヤな含みを持たせることばだった。
「おめでとうございます」
 オーナーの社交辞令を遠くに聞きながら、和佐は震えだすのをとめることができなかった。
 それを嬉しさのあまりと勘違いしたのか、オーナーは持参したアタッシュケースを開き次から次へと指輪を取り出しテーブルの上に並べてゆく。
 どれもこれも上品な、これみよがしにダイヤがくっついたデザインではないのにほっとする。が、見ていると情けないような気がしてくるのだ。
 そりゃまあ、『婚約指輪は給料の三ヵ月分よ』などと嬉しそうなCMが流れているのは知っている。しかしそれは、あくまでも自分が払う側だと思って、『暴利だよな』とぼやきながら見るものだった。
(なんだってオレが、もらわにゃならんのよ)
 しかも、よりにもよって貴之から。
「ごゆっくりお考えになってください。オリジナルデザインのオーダーも承っておりますわ」
 オーナーが一歩退いたのを見届けて、貴之が耳元でささやく。
「別のリングがいいというなら、首輪でも贈ろうか? アクセサリー類のもともとの用途は所有の証だったとか。それともひとから見えないところにつけるのにしようか」
 とんでもないことを言い出した貴之に気を取り直すしかなくて、なんとなく見た値札の桁の違う値段に、目を剥いた。しかしそれだとてどうせ、貴之にとっては痛痒を感じるほどの出費ではないのだ。
「オリジナルデザインもいいな」
 少しでも早く店から出たい和佐は、デザイン画を取り出そうとするオーナーに焦った。
「おおげさなのはイヤだっ!! それくらいならここにあるのでいいっ」
 墓穴を掘った。
 それでもせめてもの意趣返しとばかりに一番高いものを指差す和佐だった。
 とたん、
「ほんとうに可愛いよ和佐。君といると退屈しないですむ」
 堪えられないとばかりに忍び笑いを洩らす貴之だった。


※ ※ ※


 指から引っこ抜いた指輪を光に翳して、和佐は庭の池に向けて捨てようかと振りかぶる。
(………クソッ!)
(できないよなぁ)
 婚約指輪だからというのではなく、貴之から贈られたからというのでもなく、値段を考えれば勿体なさすぎる。
 四年間のバイト生活を経験した和佐に、そんなことができるわけがない。
 それに、していないところを見られてしまったら、貴之のイヤミが待っている。
(調子がでないよなぁ)
 体調が悪いのだ。
(風邪でもひいたかな)
 額に手をあてる。
 熱いような熱くないような。
(そういえば、たしか、女になっちまう前も、こんなだったような………)
(もしかして、元に戻れるのかっ?!)
 ぱっと和佐の顔が明るくなる。
(毎晩強く念じていた効果がようやくあらわれたってか)
(ならここにいるのもな)
 うんうん。
 おあつらえむきに、今日は平日だ。貴之は仕事である。幸徳井の跡取りだから、そうそう暇なはずはない。それなのに、貴重な休暇を自分をからかうことに費やしているのだ。
(もしほんとうに戻れるなら、服がないところよりもあるところのほうがいいもんな)
 ないわけではないが、貴之の部屋から服を借りようとしたときに貴之が帰ってきたりしたら、 何をされるかわかったものじゃない。
 すっかり元に戻れるかもしれないという希望の虜囚(とりこ)になった和佐は、思い切りよく立ち上がった。
 向かう先は章のマンションである。
 貴之に連れ戻されてから会っていないのだ。
 なつかしいな。
 そんな感慨がわいてくる。
 インターフォンを押して、スピーカーに向かって誰何(すいか)する章に、
「オレだよオレ。和佐」
 と、返す。
 ガチャンと音を立てて開いたドアの向こうに、章が立っている。
「久しぶりやな。元気しとってんか」
「まあな」
「ならええわ。上がり」
「おじゃましまっす」
 ソファに座ると章がコーヒーを淹れてくる。
「よう出れたな」
「まあ、貴之は仕事だからな」
「内緒なんか」
「そ。いつもいつも幸徳井ん中じゃ息がつまっちまわぁ」
「あいかわらずやな。外見に似おうてへんわ。みょうな気分や」
 章ははぁ〜と、盛大な溜息をついた。
「ここんとこ調子悪くてな。風邪の可能性もあるんだけど、もしかしたら、元に戻れるかもと思ったら、幸徳井じゃな」
「貴之に襲われるってか?」
「わ〜るかったな」
「おまえも難儀なんに惚れられてんな」
「なんかもう、十才老けたみたいだよ」
「あほ。で、今晩はうちに泊まりたいってゆうんやな」
「おねがいします」
 手を合わせて拝む。
「オレはかまへんのやけどな。貴之にはすぐばれるんちやうか」
「元に戻れればこっちのもんなんだよな」
(そうでもないか)
 けれども、少なくとも結婚なんてことにはならなくてすむだろう。
「ほんまに戻れるんならええけどな。捕らぬタヌキなんてことないんか」
「そりゃそうなんだけど、さ。けど、女になっちまう前もこんな感じで変だったんだよな」
「ま、あんまり期待せんとき。期待はずれやったらショックやろ」
 章に似合わない慎重な意見に、和佐もなんとなく落ち着きを取り戻す。
「ま、女んままでも和佐は和佐やんか」
 しょせんは他人事の章の台詞に、和佐は脱力せずにおれなかった。


※ ※ ※


 風呂から出て腹部を抑えたまま首を傾げている和佐に、
「どないしたんや」
 と、章が問いかける。
 章のパジャマの裾や袖を幾重にも折って着ている和佐は、女の目から見てもやっぱり美少女だ――と、あずみは思う。
(ねたましいくらいよね)
「いや。腹がなんか張るような気がしてな」
「便秘か? 食物繊維は摂らなあかんで」
「それともなんか違う気がするけどな」
 何度も首を傾げているようすはいかにもな美少女ぶりなのだが、いかんせん言葉遣いが悪すぎる。そのアンバランスさが魅力といえなくもないのだが。
 遊びに来て和佐とはちあわせたあずみは、そのまま彼らの仲間に加わっていた。
 ぼんやりと和佐と章の会話を聞いていたが、ふと思い当たることに和佐を手招いた。
「ねえ和佐。胸痛くない?」
「なんでわかるんだ?」
 あらら…と、あずみは顔を手で覆った。
「あのね、和佐。落ち着いて聞いて、ね。体調悪いって聞いたんだけど。残念だけどね、それってたぶん、元に戻れるって前兆じゃないと思うのよ」
 耳元でぼしょぼしょとあずみがささやいた単語は、青天の霹靂だった。
 あまりにも。
 ぱかっと口を開いてあずみを見る。
 そんな和佐の肩を叩いて、
「たぶん、完全に女性になっちゃってるのよね」
「うそだっ!」
(そう思いたいのはわからないでもないんだけど。ね。カワイそうだって思わないわけでもないのよ。わたしだって。でも、叶わない期待で一杯になっちゃうほうがよっぽど可哀相だと思っちゃうのよねぇ)
「こどもを産めるからだになったって証拠がそのうちくるようになるから。だいたい一ヶ月に一回、三日から一週間くらいかな。お付き合いしないといけなくなるわね」
 血の気が引いてゆくような感覚に、視界が揺れる。
(それって、もしかして………)
 からだの中心へと、引いた血が集まるような錯覚に襲われた。
 なまあたたかななにかが股を伝うような、不快な感触。
 あずみが何か喋っているのを遠いものと聞きながら、和佐はその場にうずくまった。
「かずさ?!」
 異口同音の叫びをあげてふたりは和佐に駆け寄った。
 パジャマのズボンを濡らす鮮やかな血の赤が、ふたりの目を射る。
「うわっ!」
 章の悲鳴が耳に痛い。
 その時である。
 インターフォンが鳴った。
「はいはい。こっちは今急がしいんやで。ほんまに。…どなたさん?」
 内線の受話器を取り上げた章の耳元に、タイムリーというべきか、聞き覚えのある男の声が飛び込んできた。
 言わずと知れた貴之である。
「ちょお。待ってんか」
「あずみ。貴之が来てん。和佐を奥の部屋ん連れてってやってんか」
「オッケ。……和佐、ショックなのはわかるけど、慣れてかなきゃ、ねっ。さぁ立ってちょうだい」
 天国から地獄へとまっさかさま。そんなジェットコースターなみに壮絶な精神的衝撃。いくら強靭な和佐の精神も、さすがにずたずただった。
 よろよろとあずみにもたれかかって奥の客室に向かう和佐に、章は複雑な視線を向けずにはいられない。しかし、とりあえず玄関に向かったのだ。
 あいかわらず新井と黒田を従えた貴之は、ドアが開くと開口一番、
「和佐が来ているだろう」
 と、言った。
「ああ。来とるで。ほんでも、貴之。頼むけんそっとしとってやってんか」
 何かがあればここに逃げ込む――と、内心穏やかではない貴之である。しかし、いつもの章とは違う雰囲気に、さすがにおかしいと思ったらしい。
 章に言われるまでもなくダイニングにまで上がりこみ、貴之はソファに陣取った。
「なにがあった?」
「あんな………」
 ぽりぽりと頭を掻きながら、それでもことがことだけに言いにくいのだ。いくら男女二パターンしか世界にはいなくても、だからこそ、女性のからだとか神秘とかいうやつは、章にはあくまでも『あなたの知らない世界』なのだ。
(困ってもうたな)
 貴之のいつもの鉄面皮に、少しばかり不安の色が見えると思うのは章の気のせいだろうか。
「う〜ん………………」
「なにを唸っている」
「いや。それがな。貴之…」
「埒があかん」
 さっさと章に見切りをつけた貴之が奥の部屋へと向かうのを見て、
「ちょお待ちぃ。今は行ったらあかん」
 グワシッと貴之の腕を抱える。
「放さないかっ」
 章と揉み合う貴之という図は少々怖い。証拠に新井と黒田も顔を見合わせたまま手を出せないでいる。
 そうこうするうちに、奥の部屋からあずみが顔を出し、そんな二人を腕を組んで見据えた。
「あんたたち。なにやってんのっ」
 目が据わっている。
「女の子がしんどい思いしてるって言うのに、呑気につかみ合いの喧嘩?」
 特に貴之を睨み据えて、フフンと鼻で笑って見せる。
「あんたの大切な和佐が大変な時だって言うのに。まったく男ってば役に立たないんだからっ! 和佐のことがそんなに心配だって言うんなら後をつけまわしていないで、もっと別の手段を選んだらどうよっ」
 この時とばかりに貴之に指を突きつけてがなりたてるあずみの剣幕に、
「あずみ、和佐は大丈夫なんか?」
 と、章が尋ねる。
「ごめん、章。和佐は大丈夫よ。なんたって病気じゃないもの。ショックが過ぎたのね。なんと言ったって、一月くらいまえまで男だったんだもの。要る物買ってくるから、湯たんぽでも作って持ってってあげて」
「わかった。けど、俺ん家にゆたんぽってあったっけか〜?」
 話がわからずに突っ立ったままの貴之を残して、あずみは近所のコンビニに章は湯たんぽを探しに行く。
 あずみが出てきたドアを開いた貴之は、壁のほうを向いて横になっている和佐の、少し色の薄い頭をベッドに見つけた。
 新井と黒田をダイニングに残したまま、後ろ手にドアを閉めた貴之は、ベッドサイドに進む。
「和佐?」
 決して和佐本人にも見せないだろう心配そうな表情を隠しもせずに、貴之は和佐の髪を撫でた。
 元気な時ならばすぐにでもはねつけられるだろう行為に、しかし、和佐は反応を見せなかった。
 和佐が震えている。
 噛み殺し損ねたかすかな嗚咽が、貴之の可聴域に届く。
 それは、珍しく貴之の心に憐憫を芽生えさせた。ただ、そういう時にどうすればいいのかを貴之は知らない。
 だから貴之は、手をこまねくよりなかった。
 無理強いをするのはお手のものである。しかし、今、和佐を見て可哀相だと感じる心は、それをよしとはしないのだ。
 やがて、ノックもなくドアが開いた。
 章はそっと和佐の腰に湯たんぽを当てた。
「章。おまえの言ったとおりになったな。情けないよな。オレ」
「そんなことあらへんって。おまえみたいな状況になってしもたら、元に戻りたいって考えてもなんもおかしいことあらへん。今あずみが要りようなもん買いにいっとるさかいに、なんも考えんで寝とき」
「ありがと」
 ひらひらと手を振って出てゆく章を見送って、
「笑えよ」
 和佐は投げつけるように孝之に言った。
「元に戻れるって思ったんだ。だから、ここに来た。なのに、とんだ思い違いだ。もう、絶対、元には戻れない。くそっ!! 一生女のままだ………」
「和佐…」
「なんだよ。そんな目つきおまえに似合わない。笑えよ。とんだ勘違いヤローだってな」
 目元が赤く染まっている。
 和佐が愛しい。
 その表情をずっと見ていたくて、貴之はそっぽを向こうとする和佐の頭を押さえつけた。
(なに考えてんだよっ!)
 イヤだっ!
 ヤメろっ!
 おまえなんか、きらいだっ!
 さんざん口汚く罵るくちびるの動きが、貴之の視線を奪う。
 食いしばって鳴いていたのだろう。いつもよりも赤味をまして濡れているくちびる。声を出すたびに開くくちびるの狭間から、白い歯と蠢くピンクの舌が覗く。それが、自分を誘っているように見えた。
 だから、嫌がる和佐のくちびるに自分のくちびるを強引に重ねたのだ。
 押し返そうと、グッと力を入れて和佐が貴之の頭に手を突っ張る。そんな抵抗すらもが愛しくて、なおも嫌がって逃げようとする和佐の舌を強引に絡めて貴之はきつく吸った。

(まったく。な〜にやってんだか)
 ドアを開けかけたままであずみは固まった。和佐を押さえつけるようにして貴之がくちづけている。あずみは頬の熱さをごまかすためにもそっとドアを閉めた。しかしいつまでもドアの外で立ちんぼうではいられない。
 ことさらゆっくりとノックをしたあずみは、勢いよくドアを開けたのだ。
 さすがに貴之は上体を起こしていた。しかし、和佐の顔は上気していて、なにがあったのかと勘繰らずにはおられない。
(やだ。和佐ってば、色っぽい)
(やんなっちゃうじゃないの)
 プンプンと内心でぼやきながら、あずみは貴之を追い出しにかかった。
 貴之とて三十間近の男である。和佐の今の状態がなにを示唆しているのか感づいていた。だから、彼にしては珍しくあずみの指示に従ったのだ。

「しばらく和佐あずかるわ。そのほうがええやろ。あんなんうちのめされとる和佐見るんは初めてや。今まではなんやかんやゆうたかて、一縷の希望があってん。それがみごとにのうなったんやで。いくら和佐が打たれ強いゆうたかて、しばらく立ち直れんのちやうやろか。そんなんで幸徳井行ったかて、自殺でもしかねんのちやうか?」
 あざとい脅しだと互いにわかっていた。
 わかっていても、それがないとは言い切れない危うさが、たしかに今の和佐にはあった。
 だから、貴之は、
「たのむ」
 と、彼らしからぬ態度に出たのである。
 頭を下げた貴之に、章はもとより新井と黒田、あずみまでもが刹那硬直する。それほど、彼らしからぬ行動であったのだ。


※ ※ ※


 くそっ!
 腹が立った。
 自分の甘さにも。それにつけこむ貴之にも。
 章に気を使われれば使われるだけ、情けなさも堆積してゆく。
 そうして、あずみの言っていた一週間が過ぎた。
 その日、章が買い物から帰ると、部屋から人の気配が消えていた。
 慌てて和佐が一週間を過ごした客間に駆け込むと、きっちりメイクされたベッドスプレッドの上に一枚の紙がのっている。文字に目を走らせた章は額に片手を当てると天井を仰いだ。
 受話器を取り上げた章は、あずみの携帯の短縮をプッシュした。


※ ※ ※


 案の定、黒田と新井が外にいた。彼らに気づかれないように裏の非常階段からマンションを抜け出した和佐は、空港にたどり着いていた。
 ラッキーだったのは、不便なはずの(以前は一日か二日に一往復とかいう状況だったはずだ)東京―香川間のフライト数が増えていたことである。
 窓側の席についた和佐はぼんやりと雲海を眺めていた。
 一時間弱のフライトはすぐ終わる。しかし、追われているかもしれない身にとっては、じりじりと焦れてしまう時間だった。
 山頂を崩して造ったらしい空港は思ったよりも寒く、着の身着のままで出てきたことを和佐は悔やんだ。
 ブルゾンに亀のように顔の下半分を埋めながら、和佐は途方にくれていた。
 七年前にはまだこんな立派な空港はなく、プロペラ機がテーブルの上のハエのようにランディングをする狭く古い空港しかなかったはずだ。第一場所が違っている。
(どこだよここはっ) 
 浦島太郎になってしまったような、不安な苛立ち。
 思い立って香川に帰ってきたものの、泉川に帰る気分ではない。第一泉川に帰っては、幸徳井から連絡が行っているかもしれないではないか。
(どこか旅館かホテルにでも泊まるか)
 とは考えても、それほど持ち合わせもない。
(ま、いっか。どうにかなるって)
 そう思った和佐が出口に向かおうとしたその時である。
 エントランスから今しも入ってこようとしている一人の少年と、それに従うように続くボディーガードのような黒づくめの男。
(ゲッ。とも?! それに…坂本っ)
(どうしてっ?)
(んで?)
 智の視線は、すでに和佐を捕らえている。
 それでも思わず、条件反射で逃げようと、くるりと反転した和佐に、
「お兄ちゃんっ!」
 智は叫んだ。
 ざわついていたロビーが思わず水を打ったように静まり返る。それくらい大きな声だった。
 叫ぶと同時にダッシュしてきた智に、渋々振り返った和佐は抱きしめられ、思わず身を竦めずにはいられなかった。
「と、ともっ。な、なんでここにっ? こんなところで、何すんだ、よっ」
 周囲をはばかって小声で問いただすが、智は他には何も見えてはいないらしい。
「知らなかったの? ずっとお兄ちゃんのことは見守らせていたんだよ」
 ささやき返してくることばの内容に、エッと思わずにいられなかった。
 幸徳井の二人組以外にも自分を監視している者がいたということに驚いたのだ。そうして、智の愛情の深さに感動を覚えればいいのか不安を覚になればいいのか、ちょっとわからなくなる和佐だった。どっちがより強いだろうと考えていても、他人の視線が集中していることが気になって、それどころではない。
 和佐は智の胸に腕を何とか突っ張ろうと藻掻いた。
 傍目にはちょっとばかり歳の離れた姉弟の微笑ましいワンシーンと映るのかもしれない。しかし智がずっと繰り返している”お兄ちゃん”という台詞は周囲にも聞こえているだろう。
(もしかして、ニューハーフになって帰ってきた兄と弟の感動の再会ってかぁ?)
 あながち間違いだと言い切ってしまえない笑えない状況に、ぞっとなる。
「和佐さま。お帰りなさいませ」
 違うとは言えない、智の教育係をつとめる坂本の声音の強さに、
「ああ。そう、だ。だから、逃げないから、智、とりあえず…離してくれないか」
 と、和佐は言うよりなかったのだ。
 きつい抱擁からようやくのこと解放されて、和佐は大きく息を吐いた。
「帰ろう」
 智が、和佐の手を握る。
 和佐は智に手を引かれて空港を後にしたのである。

 使用人たちの奇異なものを見るような視線やひそひそばなしが不快でならなくて、和佐は眉根を寄せた。
(まあな。そりゃ、七年間帰省しなかった長男が帰ってきてみりゃ女になってるなんてのは、話の種でしかないわな。それ以前にもどうせ、次期当主のはずだった長男坊が幸徳井の嫁に入るってことで、驚天動地だったんだろうがな)
 フンッ!
(わ〜るかったなっ……てか?!)
 かつて自分の部屋だったところは七年前と変わっていない。それはそれでとても懐かしいが、不快さは変わらない。
(この雰囲気。たまんねぇよな)
(幸徳井のほうが使用人のしつけがいきとどいてたってことか?)
(それともそれだけショックってわけか?)
(そんなんオレのせいじゃねぇよっ)
(どないせえっちゅうんじゃ)
 ぶちぶちと腹立ちを心の中で喚きながら、和佐はベッドに寝転んでいた。
 帰ったとたん智に電話だとかで、自分だけ部屋に残された。電話はまだ終わっていないようである。
 興奮しきって疲れたらしい。
 逃げてきたことも、堪えているのだろうか。
(ど〜もここのところ、体力がなくなったような気がするんだよな)
(なんでだ?)
 大きくあくびをした和佐は、からだの欲求に身を任せたのである。
 どれくらい眠ったのだろう。
 心地好く眠りから覚醒しかけて、和佐はくちびるに何かが触れているのに気づいた。
 ああ。
 うっとりとするような感触に、相手を掻き抱いていた。
 キスされているという馴染んだ感触だったが、どこかに違和感がつきまとう。それが何であるのか考えて、はっと、腕をほどいて突っぱねようとした。
「と、ともっ! よせっ」
 智の瞳に欲望の色を見て、何とか逃れようと必死になって藻掻く。
「おにいちゃん。愛してる。おにいちゃんしか要らない。だから………」
 だから、何だというのか? その先を知りたいなんて思わない。
「やめろっ!」
 死に物狂いで智から逃れて、和佐は怒鳴った。
 息があがる。
 それが、腹立たしくも物悲しくて。
「オレは…オレはっ、おもちゃじゃねぇっ! どうしてだ? どうして、こんなことばかりされなくちゃならないんだ? そうだろう? オレは、誰にだって、抱かれたくなんかないんだ」
 和佐の心の底からの叫びは、しかし、智には歪んで届いたようだった。
「幸徳井のにはかまわなくても、ぼくには、抱かれたく、ない?」
 和佐は、智の据わった瞳を見返して、首を横に振った。
「ちがうって! とも、頼むから。ともは、オレと血のつながった兄弟だろっ。兄弟で抱くの抱かれるのって、おかしだろう?? 普通じゃないだろっ! それに、こんなんなったって、オレは、オレの心まで、女になってしまったってわけじゃない。だからっ、ほんっとに、ヤなんだよっ。頼むからっ。ともっ………」
 和佐の昂ぶった精神は、どんなに泣きたくないと思っても、自然と涙をこみ上げさせる。
 熱くなった目頭から、涙が盛り上がり、そうして、こぼれおちた。
 和佐の目尻から頬にかけてが、うっすらとピンク色に染まる。
 それが、どんなに智の欲望を煽りたてるものなのか和佐は知らない。
 すっと近寄ってきた智の顔が、和佐の瞳を覗き込む。
 そうして、智のくちびるが和佐の流した涙を吸い、舌の先が跡をたどった。
 ぞわりと背筋に粟が立つ。
 そうして、全身が鳥肌立たずにはいられない。
 強ばりついた和佐の耳元で、
「むりだよ」
 欲望に擦れた智の声が、和佐を絶望へと突き落とした。
 頭をハンマーで殴られたような衝撃に、強ばりの解けた和佐は立ち上がり、ベッドから飛び降りようとした。
 和佐を追いかける智の腕が、襟首に伸ばされ絡みつく。
 くっと、軽く喉を締め上げてくる智の手。 
 息の苦しさと意識を奪われてゆく恐怖とに恐慌をきたして暴れた。しかし、しなやかな智の腕は蛇の強靭さで確実に和佐を落としてゆこうとする。
「いやだ………やめっ」
 そのことばを最後に、和佐の意識は奪われたのだ。
REMAKED 2001.01.31
First edision : LACE GARDEN
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