泣く子 2



〜その四〜


 イラッシャイマセェ。
 ベリルの濁声が魔女のアトリエに響いた。
 きゃーっ! カワイイッ! オッシャレェ! など、やけにハイテンションな少女たちの嬌声が満ちる。
 すべてを背中に聞きながら、萌生は身構えずにはいられなかった。
 オーナーには悪いけれど、喫茶ルームにまで来ないといいとまで考えてしまう。そんな自分に気づいた萌生が自己嫌悪に陥った時、ドヤドヤと傍若無人な複数の床を踏み鳴らす足音とともに、彼女たちが下りてきた。
 ひんやりと静やかですらあった湿度に、一気に熱気がこもる。あまりの騒々しさに、むせかえりそうだった。
 三人連れの女子高校生は、萌生とは反対側のテーブルに陣取った。彼女たちの制服に、ギクンと、鼓動が跳ねる。
 萌生が入学一月で辞めてしまった学校のものだったのだ。
 同い年くらいの少女たちの姿は、萌生の心を傷つける。
 勝手な傷。
 わかっている。
 一見悩みなどなさそうな彼女たちにも、ひとには相談できない悩みがある。表面には出さないだけなのだ。
 だから、悲劇のヒロインは、昨今のメディアでは笑いものか仇花としかならない。普通の女の子という設定なのに信じられないくらい柔軟でタフな主人公に、なじられたらい励まされたりして前向きの思考を得る。そんなあらすじが、黄金のパターンというものなのだろう。
 そんなモノ………何の役にも立ちはしない。
 自分が情けなくなるだけである。
 カップに残っている心地好く冷めた液体を、萌生は飲み干した。シナモンの芳しい香りが鼻孔に満ちる。

 魔女のアトリエから帰った萌生の、土曜の午後はじれったいほどゆっくりと過ぎてゆく。

 今ごろ、交野は市内のホテルで見合いの相手と食事を摂っているだろう。
 それを考えると萌生はいてもたってもいられなくなる。
 交野の思慮深いまなざしが、自分以外の女性に向くかも知れないと考えるのは、辛い。
 見合いをしたからといって、相手と結婚するとは限らない。
 もちろん。
 けれど、不安なのだ。
 交野をハンサムだと、萌生は思う。
 他の大人の男といえば、寒河江に関係があるという、交野よりも年上のひとしか知らない。
 交野のメガネの奥の思慮深いまなざしがくしゃりと眇められる時のあたたかさを、萌生は知っている。
 交野の明るい褐色の瞳が、萌生は好きだった。高目の鼻梁も、意志の強そうなくちびるも、みんな。
 冬騎は『まぬけ』などとこき下ろすけれど、百八十に近い身長も、広い背中も、大きくて温かな手も、みんなみんな萌生は大好きなのだ。
 そうして、なによりも、抱きしめてもらうことが。―最近は、さすがに抱きしめてはくれないけれど。
 交野がいてくれさえすれば、安らげる。
 小さな時はおぶさったり膝のうえに抱上げてもらえば、すぐに眠ることができた。
 交野の整髪料の匂いや心臓の動いている音。
 もうずいぶんと感じてはいない。
 恥ずかしいと思うようになったから。
 それに、冬騎の存在がある。
 サッと全身を冷たい粟が走り抜けた。
 冬騎のねつい視線を、くちびるやそのほかのさまざまな感触を、まざまざと思い出してしまったのだ。
 疎ましい感触だった。
 自分が受け入れてしまう性だという、厭わしさを覚えずにはいられない、現実。
 はやく交野が帰ってこないだろうか。
 こんなに交野のことばかりを考えていると、良くないことが起きてしまうかのような、そんな悪い予感がして………………。
 思い出してしまった過去。こはくが死んだ時をなぞらえてしまいそうで。
 これ以上、冬騎を刺激するのは、厭だった。
 萌生はぼんやりと、雪見障子越しに庭を眺めている。
 しかし、山茶花が散ってしまっていることも、艶やかな黄色の蝋梅の花も、花曇りの空に色鮮やかな紅梅も、もちろん萌生の目に映ってはいない。
 小さなエメが、萌生の崩して座っている膝元で、やんちゃぶりを発揮しているのにも、もちろん気づいてはいなかった。
 萌生の膝にオモチャの白いネズミがぶつかる。エメが訴えるように鳴かなければ、萌生はそれでも物思いからは醒めなかっただろう。
 うだうだとした悩みでいっぱいの脳が痺れたようになって、すぐには現実を把握しない。
 ほんの一秒か二秒のタイムラグ。
 エメのようすに、ネズミを投げろと言っているのだろうと見当をつける。
 ポンと軽く、放物線を描くように放り投げた。途端ダッシュしたエメの首輪についている緑の鈴が激しく鳴り響いた。
 オモチャのネズミを前肢で抱え、首筋にかじりつく。そうしておいて、後ろ足でしたたかに蹴りたてる。まるで、神経にきているような執拗さを見ていると、猫の執拗さに妙な感動を覚えるのだ。
 小さな、まだ二頭身ほどの生きもの。その特徴的な動きが愛しくて、萌生はほほえんでいた。
 ひとしきりネズミを蹴倒していたエメが、その尾を咥えて引きずってくる。その繰り返しをずいぶんつづけた。
 仔猫の集中力が際限ないことを、忘れていたようである。
「も、やめよ?!」
 そう言って、萌生はエメを抱き上げた。


※ ※ ※


「お嬢さま。どうなさいました」
 田崎の声に、ばつが悪くて萌生は首を振った。
「なんでもない」
「そんな薄着のままで玄関などにいらしたら、お風邪を召されますよ」
「う…ん」
「もうじきお夕飯をお持ちしますから、お部屋においでください」
「ほしくない」
 どこか漫然と立ち尽くしているだけに見える萌生の額に、田崎は手を伸ばした。
 瞳が潤んでいる。そうして、このところまるで青磁のように見えていた頬に、かすかな赤みがさしている。
 厭な予感がする。
 案の定、萌生の額は熱かった。
 いつから、萌生はここに立っていたのだろう。
 そう思うと、腹が立ってくる。もう少し自衛本能を働かせればいいのに――と、思わずにはいられない。昔から、生きることへの欲求の薄いこどもだった。母親が無理心中をしようとしたことで、萌生の心のどこかがおかしくなっているのだろうか。こどもにとって絶対であるはずの母親の暴挙は、下手をすればこどもの心を壊してしまうものなのだ。
「お熱がありますよ。お部屋に戻りましょう」
 手をとろうとすると、振り払われた。
 顔をまじまじと見ると、目元を赤く染めて、眉間に皺を刻み込んでいる。
 幼いころ、萌生はことばにできないことを抱えているとよくこんな表情をしていた。
 心が、どこか、成長できないでいるのだろう。
 憐れみを覚えずにいられない。
 熱がでているから、ほんの少しばかり心のたがが弛んでいるだけにちがいない。
 そう思い直す田崎だった。
「さあ。戻りましょう。そうでなければお医者を呼ばなければならなくなりますよ。今なら、お薬だけで下がるかもしれませんよ」
 医者が苦手な萌生である。いつの間にか自分のことばが幼児に対するものに変わっていることに気づかない。
 湧き上がる不安。
 何かが変だと本能が告げてくる。それを、打ち消そうと田崎は葛藤していた。その時、玄関の扉が開いた。
 交野だった。
「お帰りなさい」
 田崎が声をかける。
「ただいまかえりました」
 頭を下げる交野の視線が、自然萌生に向けられる。
「お熱ですよ。お薬をとさっきから言っているのですけれど。少しばかり、ごようすが………」
 自覚はなくても辛いのだろう、ぼんやりと足元を見つめていた萌生の背中を軽くそっと押しやった。
 カクン
 あまりにも他愛なく萌生の膝が崩れた。
 とっさに田崎が腕を伸ばす。しかし、意識のない萌生の袖を掴んだだけだった。
 血の気が引く。しかし、萌生は廊下にこけることなく済んだ。
 交野が掬い上げるように、萌生をすんでのところで抱きとめていた。そのまま交野に運ばれてゆく萌生を見やりながら、田崎は溜息をついていた。

「お嫁さんをもらうの?」
 どこか頑是無い幼女めいたことばで萌生が訪ねてくる。
 布団に萌生を横たえた後、なんとなく立ち去りがたくついていた交野だったが、その台詞に我に返った。
「いいえ。貰いませんよ」
「だって、今日、お見合いだったんでしょ?」
「誰から聞いたんですか」
「え? だれって、…みんな言ってたわ」
 できれば萌生には知られたくなかったのだ。
『いつまでも嫁をもらわないのでは体裁が悪い』
 そんなことを父親に頭ごなしに言われて、無言でかわしたつもりだった。しかし、
『三十をすぎて女の気配もないとは、甲斐性のない』
 と、勝手に大安吉日を選んでセッティングまでしたのだ。そんないきさつもあって、最初から断ること以外は考えてもいなかった。
 はっきり言ってしまえば、萌生がひとり立ちするまでは、そんな余裕などない。萌生が誰かを好きになり、相手も萌生を好きになってくれたなら、初めて自分は、余裕を持つこともできるだろう。それからでも、決して遅くはない。もっとも、別段、一生独り身でも不便はないのだ。
 そう告げた。
 断ったからと、また見合いを勝手に決められてはかなわない。
『あの時おまえにバイトだと紹介したのは、間違いだったようだな。もう見合いを勧めはせん。
 好きにしろ』
 嘆息しながらそうつぶやいた父親が、やけに置いて見えた。
「私は結婚はしませんよ。すくなくとも、萌生さまが結婚なさるまでは…………」
「できないもの」
「萌生さま?」
「わたしなんか、できないもの。結婚なんて、できない。誰も、わたしのことなんか好きにならない……」
 悲しみに昂ぶった萌生は、目元を赤く染めていた。
「どうしてそんなことをおっしゃいます。ほんの少しだけ勇気を出されれば。そうすれば、なんだっておできになりますよ」
「だって…だってっ。汚いんだものっ。わたしは、…汚いのっ」
「萌生さまのどこが汚いなどとおっしゃいます。どこもかしこも、萌生さまはきれいですよ」
 おだやかに笑んでそう言う交野に、萌生の熱に浮かされている脳が、煮立った。
「交野は知らないからっ! 知らないからそんなことを言うのっ。わたしにきれいなところなんか、爪の先もないの………。だって、だって…わたしは、冬騎と………。冬騎に、抱かれて
 しまうんだものっ!!」
 言ってしまった。
 すっと冷めてゆく心の中で、交野に見捨てられる。そんな確信めいた思いが育っていた。
 交野に見捨てられたら、もう、生きてなんかいられない。
 そんな思いがあった。
 疲れていた。
 黙ったままで交野を密かに思いつづけていることに。
 厭だと嫌悪しながらも、冬騎を受け入れてしまう自分にも。
 だから、これは、賭けだった。
 半分は賭け。残る半分は、自棄だった。
 交野に見捨てられてしまったら、もう、すべてを投げ捨ててしまおうと、萌生は考えていた。
 実の弟に抱かれるような自分である。
 どうしたって、交野に愛されるわけがない。
 相応しいはずがない。
 愛して欲しくても、近親相姦という罪を犯してしまった自分などに、その資格があるわけがないのだ。
 だから………。
 それでも、交野の顔を見ていられなくて、萌生は枕につっぷさずにはいられなかった。
 堪えがたい沈黙に、心臓が締めつけられてゆく。
「知っていました」
 交野のそのことばに、思わず顔を上げた。
「いいえ。…少なくとも、そうかもしれないと思ってはいたのです。なのに、私には何もできませんでした。萌生さまをお守りしたいと考えつづけていたのに、です」
 父が評したように、確かに自分は不甲斐ない。
 萌生の口から辛い事実を告げさせてしまうなど、極ではないか。
「嫌わないでいてくれる、の?」
 かさかさと乾いたことばが、萌生の喉からこぼれ落ちる。
 萌生は思いもよらなかったとばかりに、交野をまじまじと見つめ返した。
「どうして、私が萌生さまを嫌うなどと考えるのです?」
「だって………」
「私は、萌生さまが交野なんか嫌いだと言っても、嫌いになどなれないでしょうね」
 交野の、そんなひとことが嬉しくて、ほほえみが嬉しくて、萌生は下瞼ですっかり冷えてしまったなみだに熱いものが混ざってゆくのを感じた。
「私のほうこそ、萌生さまに不甲斐のなさを知られて嫌われたのではないかと、不安でたまらないくらいです」
 畳についた交野の手の上から手を重ね、萌生は、
「どうして? わたしは、ずっと、交野のことが、 好きよ」
 思い切って、告げた。
「交野さえいれば、なんにもいらない」
 熱に潤んだ瞳が見上げてくる。
 萌生のまなざしは、交野の理性を根底から突き崩す。そんな暴力的なまでの威力を有していた。
「もえぎさま…」
 上擦った交野の声。
「………かたの」
 萌生は両手を伸ばして、交野を待ち受けた。
 互いの想いがふたりのくちびるを触れ合わせようとする。
 そこに生々しい肉欲はなく、あるのは、ただ、互いを想う深い愛情だけだった。

冬騎が出交わしたのは、まさにふたりが思いの丈をこめてくちづけを交わそうとしたその瞬間である。
 刹那その場に立ち尽くした冬騎だったが、すぐさま我を取り戻した。
 ふたりは気づかない。
 冬騎は、交野の肩に手をかけ、力まかせに引き離したのだ。
 夢見心地から醒めた萌生を背後に庇い、交野が立ちふさがる。
「ふゆきっ! やめて………っ」
 萌生の制止は間に合わず、冬騎は手を振りかぶった。
 それは、交野の頬で弾けるかと思われた。しかし、交野は冬騎の腕をしっかりと掴んだ。
「おまえになんか、おまえなんかに…萌生はやらないっ! 他の誰にも、だっ。萌生は、ぼくのだ」
「おちつきなさい。冬騎さん」
 腕を遮られたために気がおさまらない冬騎は、交野の手をはなそうと藻掻く。
 交野と冬騎が争っている。それを、上半身を起こしたまま萌生は見ていた。表情からは先ほどまでの至福は拭い去られ、いまや蒼白となっている。
 こみあげてくるものがあった。
 嘔吐くような不快感。
 おさまっては疼く。
 その繰り返しを堪え切れず、萌生は立ち上がった。
「萌生」
「萌生さまっ」
「………吐きそう…」
 萌生のことばに二人は反応し、左右から支えていた。


※ ※ ※


「妊娠なさっておられますな」
 萌生の部屋の次の間で、交野は老境の医師からそう告げられた。
「決断は早めがよいでしょうな。お嬢さんは、丈夫とは言いがたいですから。堕ろすにせよ、
 産むにせよ、母体に無理がかかることになりますよ」
 そう言って帰ってゆく医師を見送り、交野の心は固まっていた。

交野が避難の矢面に立っている。
 それは、使用人たちの態度からも感じられた。
 非常識に十代の少女を妊娠させた後見人。――彼らは、無言のままそう語っている。
 萌生は、黙ったままではいられなかった。
 交野が、財産目当てとまで言われているのだ。
 違うのに。
 誰よりもよく知っている。
 自分が悪い。
 自分たちが悪いのだ。
 なのに、交野は、庇う。庇ってくれる。
 寒河江と縁続きのひとたちが集まっている座敷の外で、萌生は震えていた。
 ひときわ大きな声が交野を糾弾する。
 襖を開けた萌生に、一同の視線が集中する。
 しかし、そんなことは気にならなかった。
 萌生は交野に駆け寄り、抱きついた。
 全身で交野を庇おうとしている。
 思いもよらない成り行きに、一同は声をなくした。
 座敷が静まり返る。
 萌生の震えを感じながら、
「萌生さま」
 交野は萌生をそっと離そうとした。
 しかし、ぎゅっと、一層きつくしがみついてくる。
 力づくをあきらめた交野は、
「萌生さま。苦しいですよ」
 と、ささやく。
 ようやく萌生は、交野から離れたのだ。しかし、
「ちがうのっ。交野が悪いんじゃないっ。悪いんじゃないの………。交野を責めないで。わたしが、わたしと冬」
「萌生さまっ」
 それ以上言ってはいけない。
 それを言っては。
 それは、だれにも知られてはならないことだ。殊に、産むと決めたからには。
 産まれてくる子に、生まれる前からよけいな重荷を与えるべきではない。

深々と頭を下げる交野に向かう視線の束に、先ほどまでの険はない。
 毒気を抜かれたと言えばいいのだろうか。
 萌生と交野との遣り取りで、非が交野にばかりあるものではないと、判ってしまったのだ。
 なによりも萌生が交野を庇っている。
 ならば、そこには、愛情があるのだ。
 少なくとも、一方通行ではないものが…………。
 それに、交野の潔さが、一同の心を解きほぐしていたのだ。
 そうして、結局交野の責任のとりかたは、萌生との結婚ということで落着したのである。

おさまらないのは、独り、冬騎だった。
 一連の決定は、すべて冬騎とは関係のないところで決められた。彼に伝わるのは、一番最後となった。
 交野が追い出されるとばかり思っていた。なのに、蓋を開けてみれば、交野は、萌生の婿に納まるのだというのだ。
 そんなことになれば、憎い交野は自分の義理の兄となる。
 ぞっとした。
 憎しみばかりが膨れてゆく。
 少しふっくらとまろみを帯びた萌生は、以前よりも憂いを増したようすでありながら美しく、
 冬騎の心を捕らえて離さない。
 なのに、自分の手の届かないところにいるのだ。
 萌生の胎内に芽吹いたものが、自分の子供だという認識は、冬騎にはなかった。
 疲れるからという理由で、萌生の部屋は立ち入り禁止になっていた。しかし、その日、冬騎は禁を破ったのだ。
 音をたてないように萌生の部屋に入った冬騎は、静かに萌生の上に身をかがめた。
 吐息をかすめるようにくちづける。
 苦しさに目覚めた萌生は、藻掻いた。
 もう厭だった。
 手を突っ張っても、叩いても、冬騎には少しも堪えない。振りかぶれない手では、叩いても
 いくらの衝撃にもならないのだ。
 くちびるを解放され、ようやくのことで息をついた萌生だった。
「かたのっ」
 思わず叫んでいた。
「そんなに、交野が、好きか」
 かすれ、歪んだ、声。
 間近に睨み据えてくるまなざし。
 こはくの死のきっかけを彷彿として、萌生は身じろぐこともできなくなる。
 首をさすってくる冬騎の掌の汗ばんだ感触が、萌生の不安を掻き立てる。
 にじむ脂汗が、萌生の全身をしとどに濡らす。
 冬騎のくちびるが降って来る。と、藻掻く間もなく冬騎の手が首にからんだ。
 誰にも渡したくなかった。たとえ殺してでも。
 グゥ…と、萌生の喉が鳴る。
 思いも寄らない苦しさに、冬騎の手に爪を立てる。
 遠く、エメの泣き声が空気に波紋を刻む。
 視界に白い紗のような膜が下りようとしたとき、喉にほとばしりこんできた空気の圧力に咳き込んだ。
 交野が冬騎を引きずり頬を張る。
 意識が遠退く頭の中に、二人の言い争う声が渦を巻く。
 それを最後に、萌生は意識を失ったのだ。


※ ※ ※


 冬騎は、留学した。
 それは、苦肉の策だった。
 その後数ヶ月して萌生は男の双子を産んだ。
 交野と萌生との間の子供ができることは、ついになかった。


おわり
first edition : 1999-04-15 circle『万華鏡』
second edition : 2001-01-24 LACE GARDEN
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