穴を掘る話 |
それは外出先から帰ったとき。 玄関にまで立ち込める、おどろおどろしい縄目のような重苦しい雰囲気。それと、湿っぽい独特の匂い。 (あらら…) と、額を軽く押さえた。 今更驚くことではない。そう。思うのは、やっぱり姉弟だよなぁ…ということばかりで。 階段の下に買ったばかりのゴミ箱を置いて、居間を突っ切り庭に出た。そこで、わたしは脱力した。 ザッコザッコと音を立てて飛んでくるのは、湿った黒味の強い土の塊だった。 山のように盛りあがった、土。 「タイチ、あんた、後はきっちりしまいなさいよ」 叫ぶわたしの声までもがこもって反響する。 十メートルは掘り進んでいるだろう穴の底に、双子の弟の頭が見える。 「わーってるってば」 タイチの声も反響する。 声の雰囲気からして、相当ご機嫌斜めらしい。 「理由はー?」 穴の淵にしゃがみこみ、怒鳴る。 落ち込んだりすると、タイチは穴を掘る。 気分が浮上するまで、どこまでもどこまでも掘り進むのだ。 今までの最高記録は、だいたい五十メーターってとこだろうか。 這い上がるのも一苦労だと思うのだが、這い上がってきた後のタイチの表情はいつも晴れ晴れとしている。 「なんだっていーだろー!」 こもって聞こえる返事。 まぁ、何だっていいんだけど。 基本的にタイチは惚れっぽいから、どうせ一目惚れしてその瞬間に玉砕ってとこだろう。相手は女に限らないところが、タイチのエキセントリックなところだけど。 今までのタイチの玉砕相手は、100近い。そういえば…。ふと記憶を頼りに数えてゆくと、 「百回目の玉砕〜?」 ついつい声が笑ってしまう。 「マイっ、うるさい!」 ビンゴだな。 「あいては、おんな? おとこ? それとも、人間じゃない?」 「ほっといてくれってば」 あらら、ご愁傷様。 この間、多分九十九回めの玉砕相手が、散歩中のドーベルマンだったような。その前が、同い年の男の子で、その前が、ОLのお姉さん。それよりか前が、八十七才のおばーさん。記念すべき百回目の失恋相手はなんだったのだろう。謎だ。 凄いラインナップだなと思わないでもないが。 まぁ、年下に惚れないってとこが救いといえば救いかもしれない。いえ、あまり年下過ぎると、犯罪になっちゃうし。両方とも未成年でも、やっぱり年上のほうが不利だと思うしね。けど、つくづくタイチの趣味はよくわからない。一度聞いたことがあるのだけど、 『この辺にピンと来るものがあるんだよ』 と、こめかみのあたりを指差して、まるで警察のポスターのようなことを言った。 『あんたって頭で恋愛するタイプなんだ』 と、なんとなくわかったようなわからないような。少なくともわたしがトオルを好きになった瞬間は、頭で感じたわけじゃなかったからね。胸が大きくドキンと鳴ったんだけど。人それぞれなのかもしれないから、タイチが犯罪者にならないかぎり、もしくは犯罪に巻き込まれたりしないかぎり、邪魔をしたりする気はない。けど、からかうくらいは、いいよねぇ。多分。 ザッコザッコと、シャベルで土を掘る音が響く。 カァカァと、カラスが赤く色づいた空を飛んでいる。 「タ〜イ〜チ〜、晩ご飯、食べる?」 夕闇が迫った庭。穴の底は真っ暗で、タイチの頭も見えやしない。シャベルの音で、タイチが動いてるのはわかるけど。 「いらん!」 やっと聞こえてきた声。 「いいかげんにしときなよ〜」 と、声をかけて、わたしは晩ご飯の準備をするために家に入ったのだった。 ※ ※ ※あれから三日になる。 根気がいいといえば聞こえがいいが、度を越しているだろう。 とっくにシャベルの音も聞こえない。とりあえず携帯に電話をかけてみたけれど、タイチの携帯は不携帯で。いつだって机の上に置きっぱなしにしてたら、買ってもらった意味がないと思うんだけどね。 とりあえず、ペットボトルのミネラルウォーターとコンビニのおむすびを五つばかり放りこんではみたんだけど。よく考えれば、危なかったかも。加速がついた上に打ち所が悪かったりしたら。結局死体が発見されたなんてことになったらどうしよう。 おまわりさんやレスキューを呼んで笑い話で済まそうという決心もつかなかった。 とりあえず、毎日毎日、ミネラルウォーターとおむすびだけは放り込んだ。 ゴミ箱を相手にぶつぶつとそう言うのにも飽きたある日、ドドーンッと大きな音が庭から響いてきた。 タイチが穴を掘りはじめて、十日目のこと。 なにごとっ?! と焦って庭に出たわたしは、その場に硬直した。 「ただいま」 そう言ってタイチがへらりと笑った。 『アンギャー』とか『ガオー』とか『パオー』とか、それはそれはうるさい声が空気を振動させている。 ちょろちょろと足元を駆け回ってる二足歩行のトカゲみたいな生きものは? 空を飛んでる、羽の生えた爬虫類みたいなのは? 五十センチ以上はあるトンボみたいなのは? それに、それに…………… 「なんだって、火山が噴火してんのよ〜!!!」 指を差して思わず喚いたわたしに向かって、 「ごめん。タイムトンネルか、異次元トンネル掘り当てたみたいなんだよね」 ぽりぽりと後頭部を引っ掻きながらタイチが笑う。 タイムトンネル? 異次元トンネル? どっちにしたって、笑ってる場合か〜! こんなのどーしろって言うんだ。 「さっさと片づけっちゃいなさ〜い」 その場に懐きたいのを堪えて、どうにかそれだけを言った。 もはや一般人が何をどうできるレベルではない。 「警察? いや、レスキュー……でもないよね…じえー…そうだよねやっぱり。でもじえーたいの電話番号って職業別電話帳だっけ? それとも、番号案内で教えてくれるんだろーか」 それよりも、そんなことでこの騒動が治まるのか。 パニックも過ぎてしまって、へらへらと笑いたい気分で家に戻ろうとしたわたしの背中にタイチの能天気な声が突き刺さる。 「あ、マイ。どこ行くんだ?」 コケッ! 思わず何もないところで蹴つまづきかけた。 「タ〜イ〜チ〜」 ウラメシや〜とばかりに振り返ったわたしの目の前で、タイチが恐竜とキスしている。穴の端からニョロンと長い首を伸ばした、それは………。 「あ、ウソウソ。だいじょーぶだってば。これ以外、ぜーんぶトンネル奥の映像みたいなもんだから。現実にここまで来てるのは、この子だけ」 そう言って、タイチはキスをしていた首長竜の喉をかりかりと引っ掻いた。 ドドーン!! 爆発かと思えるような音と共に家が震えるとタイチが二階から駆け下りてくる。タイチは背中にディパックを背負っている。 見るまでもない。 庭の穴から、例の首長竜が首を出している。 「じゃあ、行って来るから!」 そう言うと、タイチは首長竜の頭に飛び上がる。 「ガオン」 と吠えるのは、首長竜のお嬢さんだ。 はいはい行ってらっしゃいと手を振りながら、わたしはせいだいな溜息を一つ。 わが弟ながら、変人だと思わずにいられない。 百一回目にしてようやく両思いになれたタイチに水をさすつもりはないが。 それよりも、このまま、タイチが首長竜のお嬢さんと付き合いつづけたとしたなら、わたしの義理の妹は首長竜ということになるのだろうか??? 甥や姪も? イヤイヤと、わたしは首を振る。いくらなんでも遺伝子構造が違うもの同士で子供はできないだろう。しかし、恋愛ができるということは……。 これを考え出すと眠れなくなるのだ。 わたしはまた、今夜もゴミ箱に向かうことになるだろう。 長い長い夜を思いながら、わたしはまた一つ溜息をついた。 おしまい
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ナンセンス小話その2です。
少しでも面白いって思ってもらえるといいんだけどね。
どうでしょう。
魚里も恐竜で好きなのは首長竜です。
昔はステゴザウルスとかも好きでした。