かえる卵の話



 つぶらな瞳と目と目が合った。
 知らず流れ落ちる脂汗。
 こんなのとんでもないと思うのだけど。だけど、だからって、起きたことをどうこう言う前にどうにかしなきゃならないのだ。わかってる。わかってるんだよね。
 けど、だからって、
「こんなんどーせーっちゅーんじゃー」
 思わず叫ばずにいられなかった。
 真っ赤な夕日が目に痛い。今にもカラスが「あほー」と一声鳴いて飛んでいってしまいそうな、そんな晩秋の夕間暮れ。わたしはただ、目の前の現実と見つめ合っていた。


※ ※ ※


 高校ってまぁ、面白くも何ともないところだと思うんだけどね。でも、とりあえず、高卒じゃないとわたしの入りたい学校には入れないんだよね。どうしてそんな決まりがあるのかは知らないけど。
 昔の徒弟制度とか秘密結社化してた時とかが羨ましく思えるのは、ふっと高校生活に飽きた時かな。やっぱり。もっとも、そんな時代にこんな進路志望してるなんて知られたら、即拷問のうえ火あぶりだったろうから、感謝してないこともない。今だと、変わり者ってことですむしね。
 面白い友達とかもできたから、基本的に高校生活もいいかと諦めてる。諦めてるなんて言ったら、友達には悪いけどね。別に友達のことを諦めてるってわけじゃないし。友達としたら上等の部類だし。彼女たちのこと大好きだし。大切にしたいって思ってる。
 わたしの変な癖というか習性というかを知って、退かなかった友達というのはこれまで皆無だったわけで。イヤイヤながら高校に入学したものの、ラッキーと思ってたりするんだよね、ショージキな話。口の悪い外野は、類友だなんて言ってるらしいけど。好きなだけ言ってろって感じかな。
 学校生活に飽きたというか嫌気がさすというのは、周期的に訪れる躁鬱的なわたしのビョーキなんだけど。五月病とかそんな感じで、一年に一回訪れるくらいだったんだけどね。今年はこれで二回目。理由なんかわかりきってる。なんでかって言うとくだんの友達、クラスも同じマイって子が今日学校を休んでるからなんだよね。なんのかんの言ったって、気の合う友達がいるといないとじゃ学校生活は段違いだから。というよりも、きっぱり! 相談しようと思ってたのに、相手が休んでるからっていう身勝手きわまりない理由なんだ。
 いや、相談したからどうにかなるってモンじゃないってわかってはいるんだけど。相談するという行為事体に意味があるって言うのかな。相談することで、問題点が整理されるってことあるじゃない。その場合、整理できる問題かどうかってことはさして意味がなかったりするんだよね。とにかく、相談するって名目で話を聞いてほしいわけだ。まわりくどいが。
 何をそんなに相談したいんだって言われても、ちょっと喋れない。たいてい、相手に退かれるってことがわかってるからね。マイとマイの彼氏くらいなんだよね。わたしの変な癖というか習性というかを知っても退かなかったのは。ただ、マイの彼氏、トオルくんとはこんなこと喋りにくいんだよね。やっぱり女の子同士で話したい。そうして、こういうのって、電話で聞いてもらうより、直に会って聞いてほしい。電話って、かけるのも受けるのも苦手なんだよ〜。携帯全盛の時代に遅れてるって言うかもしれないけど、苦手は苦手なんだってば。
 う〜ん。
 わたしも結構我儘だよね。自覚はあるけど。
 今日学校が終わったらマイの家まで行ってみようかなぁ。


※ ※ ※


「しをり!」
 てみやげ提げてたら、ちょうど家から出てきたばかりのマイとぶつかりそうになった。
「やっほ、マイ! みやげだよん」
 マイもわたしも気に入ってるパティシエのケーキを持ち上げる。
 土の匂いがこもっている居間のソファに座ってると、カチャカチャいわせながらマイが紅茶のセットをトレイで運んできた。
「風邪でもひいたかなと思ってたら、タイくんの例のビョーキが出たわけね」
 ついでに調合してきたハーブを手渡しながら、そう言った。
「ありがとう。しをりのハーブよく効くんだよね」
「ふっふっふ。将来の錬金術師だもん! まかせなさい。なんつって…でも、風邪のよか睡眠薬のほうがよかったかな」
 窓の外をちらと見やりつつわたしが言うと、
「プラス頭痛薬」
 すかさずマイが注文をつける。お互いこの呼吸は慣れたものだ。
「オッケー」
 まかせなさい! いつだってドライハーブは持ち歩いているのだ。錬金術と白魔術黒魔術は根が同じってとこあるから、ハーブの知識はまぁひとよりあるほうだと自負している。携帯のタブレットとか持ち歩いているひとがいるのとさして変わらないのだが。どうしても、こっちのほうが変人扱いされやすい。なんでかなぁ。こっちのほうが絶対、地球にも人間にもやさしいというか、環境汚染とか遺伝子に影響とか与えないとか思うんだけどねぇ。ま、それはともかく、ラベンダーやらなんやらを数種類配合して紙袋に入れたのを二種類マイに差し出す。
「白い紙袋が頭痛ね。茶色いほうが睡眠。ベースはさして違わないし、間違えて飲んでも害はないから」
「サンキュ。いつも助かります」
「どーいたしまして。趣味だしね。それよか、あんま夜遅くまで愚痴を捨てたりしないんだよ。なんのかんのいったって、寝不足は美容の大敵なんだし。トオルくんが泣くぞ〜」
「はいはい。重々承知してますよん。それに、トオルって色好み…じゃないや、えと何好みって言うんだっけ?」
「色好みってそれは…ヤバイって。それを言うなら、なんだっけあれ??? 」
「忘れちったや。とにかく、面食いじゃないしね」
「そーかぁ?」
「そーだってば!」
「はいはい。わかったってば」
 あまりに力説するので、気力が逸れたとでも言えばいいのか。とにかく、ま、初心を思い出したというか、持ち出してみた。何を? って、マイを相手にしてる楽しさから忘れてたけど、悩みをね。忘れてしまえるくらいだとは言え、かなり深刻ではあるのだ。
「あのさぁ、マイ、相談があるんだけど」
 カチャンとコップの糸尻が受け皿に当たる。
「なに?」
「マイってわたしの癖というかなんというか、アレ、知ってるよね」
「アレって、アレのこと?」
「うん」
 指示語ばかりで恐縮なのだが。
「アレのこと」
「アレって、卵のことだよねぇ」
 マイがちょっと上目遣い気味に見返してくる。
「卵のことだよ」
 いくらマイがあるものはあるものとして受け入れてくれる度量の広い存在だとは言っても、人間誰しもキャパというものがある。キャパ、すなわち、キャパシティ。日本語だと容量とでも訳せばいいのか。
「しをりが卵をぽこぽこと発生させちゃうってアレだよね」
 案外しれっと言ってくれてホッと肩の力が抜ける。
 そうなんだ。そう! 変人の域を越えているというかなんというか。わたしの悩みは、意図せずあちこちに卵を出現させてしまうということなのだよね。救いは、自分が生む…なんてシュールな…ということではないということだけ。
「ま〜ねぇ、しをりと友達やってたらどうしたって目につくしね。だからって、まぁ、害になるもんじゃないしさ。卵が只で羨ましいって言えば羨ましいってくらいかな」
 こーいうとこ、マイと友達でよかったぁと実感できるよね。
「さすがに、全部が全部食べれるかどうか、謎だけど」
「さもありなん!」
 実のところ、マイの家に来てから既に一個ソファの上にデンと転がってたりするのだ。あれは、多分、ダチョウの卵だろう。一個で五十人分の目玉焼き…。
「とりあえず、孵らないだけまだましだって思ってたんだけどね」
 はぁ……と、深い溜息が零れ落ちる。
「え? 無精卵だったんじゃないの」
「だったんだよね」
「それって、もしかして…」
 マイの語尾が震えてるって思うのは、気のせいだろうか。ついついくだんの卵のほうに行ってしまう視線をマイへともぎ離すと、うつむいたマイの肩が小刻みに上下してる。
「あ、ごめん、マイ。気色悪いよね、こんな話」
 友達の縁を切られたら、小学中学時代に逆戻りだ…。仕方ないと開き直るしかないけれど。
『しをりちゃん、変。きしょくわる〜い』
 小学校時代、やっとできたと思った友達にそう言われて、どれだけ落ち込んだだろう。
 無精卵ならそれこそ食料になると良いほうに考えられるけど、有精卵だとエグイと思うのだ。昔読んだ漫画か観た映画に、卵の中で形になってるヒナが蒸されて死んでる場面があったようななかったような。食料として食べてる人たちには申し訳ないけれど、エグイと思ってしまう。
 時間にすると一秒くらい。過去の暗い記憶などが走馬灯のように脳裏を行き来する。あまりにも暗かった中学小学校時代の自分。それよか前は、無邪気に卵を抱えて走り回っていたような記憶がおぼろげにある。
 無言のままで肩を上下に震わせているマイ。過去に友達未満のクラスメイトたちなどから浴びせかけられたことがある罵詈雑言が、今にもわたしを押し潰しそうで我慢ができなくなった。
「あのさ…マイ」
 思い切って話しかけようとした途端、
「ぷぅーっ」
 と、変な音のような声のようなものが聞こえてきたと思えば、きゃららとばかりにマイが笑い出した。
 へ? と、思ったね。
 おなかを抱えて大爆笑なんだもん。何がいったいツボに嵌まったのか、なんとなく脱力して、わたしはソファに深く背もたれた。
「ゆ、ゆーせーらんが、ぽろぽろって………」
 まーだ笑ってる。
 マイはだいたい三分くらい笑い続けたろうか。
「ひぃ、ひっ…ご、ごめん…あ、あったま、いたぁ………」
 その頭痛は同情してやらない。
 ぷんとふくれて腕組みして、ついでに足を組んで、そうしておいてマイを見返す。
「その頭痛にハーブは効かないよ」
「ご、ごめんってば…悪気が……あった、わけじゃ、ないんだって」
「悪気があったら許さないよ」
 ふんっだ!
 奇術師だとしても、卵しか出せないんじゃ仕事になんないんだからね。この体質が不思議がられないところってどこだろうと、考えに考えて、結局錬金術師になろうと決心したんだから。
 過去の悲壮な覚悟を思い出していると、
「む、向かうとこ敵なしだよね」
 と、マイがまだ笑いの滲んでいる声で言った。
 どうしてそんな結論にいたるんだろう?
「え? だって、ほら、しをりの出す卵って、どの図鑑ひっくり返してもわからないのとかたま〜にあるじゃない。そういうの使えば、ホムンクルスっていうんだっけ、あれだって作り出せるかもしれないし。とすれば、しをりって錬金術師になるべくして生まれてきたってことになんないかい?」
 ようやく笑いおさめたマイが説明する。
「なるか〜?」
 頭をひねる。どうもマイの思考過程も、今一理解できないところがある。そりゃ、友達だって、結局はねぇ…。だけど。
「なるって! ホムンクルスは、忘れてくれていいから。わたしにゃいまいち判らないから。けど、そう思いなよ。絶対そのほうが精神衛生上いいって!」
 うんうんと独りで興奮しているマイ。熱心に掻き口説いてくれる友達がいるっていうのはいいものだなんて、なんとなくだけどそんな気がしてくるのは、やっぱりマイを信頼してるからなんだろうなぁ。
「そう?」
「そうそう! …で、だ。この辺で話をもとにもどそう。しをりを悩ませてる孵った卵から生まれたのって、何?」
 それ、変な日本語だと思うけど。まぁ、深くは突っ込むまい。
「あのね、………の、ヒナ」
「はい?」
 耳に手をあててわたしの口元に近づけてくる。そのなんとも大仰なジェスチャーに、腹をくくるしかないと思い切った。
「…きょーりゅーの、ヒナ」
 マイの目が点々になっている。
 いくらなんでも、ちょっと前のアメリカ映画じゃないんだからなぁと思わないでもないのだ。日本にもまぁ、恐竜の出てくる小説や映画があったけどさぁ。けどねぇ、実際問題、昨日卵からそれが孵ってからというもの、どうすりゃいいんだと、そりゃあこれ以上ないってくらい悩みましたよ。マイに電話をかけなかったのは、今日になれば消えてるなんてことにならないかなと、都合のいいシチュエイションを期待したからなんだけど。今朝だって元気に牛乳を二パック飲み干しましたよ。
「首の長い、ほら、スコットランドのネス湖、あそこにいるってウソだか本当だかわからないけどあの手のきょーりゅー」
 多分、海の底か湖の底にいたのだろう、でっかくなる種類。飼えるはずがないだろう。かといって、捨て恐竜の行く末なんて可哀相だし恐ろしすぎるし、考えたくない。研究材料か、自衛隊に殺されるか。遺伝子操作しなくて生まれるって知れれば、それこそ、わたしのほうが研究材料になりかねないし。わたしはあくまで、自分で錬金術を研究したいのであって、科学者たちに切り刻まれたりしたいわけじゃない! 
 ぐるぐるぐると、なんとも間抜けな思考が頭の中で無限ループを組んでいる。嫌だなぁと思いながら、これ考え出すと止まらない。おかげで、昨夜なんて寝不足だし、ついつい授業中に居眠りをしてしまって教師にお目玉を喰らってしまったのだ。
「しをり…」
 やけにあらたまった口調でマイが口を開いた。
「なに?」
 マイの瞳がきらきらしてる。
「あんたってば、ほんっと、向かうとこ敵なしだわ」
 ぽんぽんと、両肩にマイの手がそれぞれのっかる。
「は?」
 多分今度はわたしの目が点々だろう。
 ちらりとわたしの後ろの壁にマイが視線を流した。つられて無理矢理見上げてみると、掛け時計。夜の七時三分くらい前を指している。
「もうそろそろタイチが戻ってくる頃」
「タイくん?」
 それがなに? と、口に出そうとした時だった。
 どどーん! と大きな音がして居間がびりびりと震えた。同時に『ギャ』とか『ギョ』とか耳に馴染みのない声のようなものが聞こえてくる。そうして、
「ただいまー」
 と、タイくんの太平楽に聞こえる声が耳に届いた。
「ぱおーん」
 庭から聞こえる、象の鳴き声のような声。
 思わず音源を求めてさまよわせた視線。
 そこにあるもの。
 自分で目にしたものが信じられなくて、わたしはその場に固まった。
 もりあがった土。その向こうからぬっとばかりに首を出してタイくんを見ているのは、
「首長竜?」
「じゃあ、またな!」
 タイくんが首長竜に向かって居間から手をぶんぶん振り回す。すると、首長竜までもが首を振る。そうして、ふいに掻き消えるように視界から消えたのだ。
 呆然と信じられない光景を見ているわたしに、
「こんばんわ、しをりさん」
「はあ、タイくん、こんばんわ。お邪魔してます」
 わたしって間抜けだよなぁと思いつつ、なんとなく返事を返す。
 タイくんが居間を突っ切って二階に上がる。
「ね、わかったでしょ、あんたが最強だって意味」
 るんるんとでも表現すればいいのか、マイの声が弾んでいる。
「へ?」
「にぶいなぁ。あそこはね、タイチが掘り当てた異次元トンネルだかタイムトンネルだかになってんの。そうして、タイチの百一番目のお嬢さんは首長竜よ。首長竜! しをりんとこで孵ったのも首長竜なんでしょ! というか、恐竜なんでしょう! だったら話は簡単じゃない。ここにつれてくればいいの。そしたら、タイチに頼んで首長竜が帰っていったとこに連れてってもらえばすむことじゃない」
 マイの言葉が頭の中に浸透してきた。
「ああ、そうだ! わたしって、ほんと、最強だね!!」
「でしょ! でしょ!」
 最強なのは実はマイんことじゃないかと思いつつ、わたしはマイと手を握りあって居間を飛び回ったのだった。
 
 
 そうして、最強なマイとタイチの姉弟のおかげで、わたしは孵りつづける恐竜のヒナを無事に彼らの世界に送り帰すことができるようになったのである。
                 
おしまい
start 15:20 2001/12/02
up 14:59 2001/12/09
あとがき
 あいかわらず、シュールなSSです。今回ちょっと冗漫かなと思わないでもないのですが。
 少しでも面白いって思ってくれる人がいると嬉しいというのが、正直なところです。
 しかし、このしをりちゃんは、途中まで書きかけにしてある不条理モノの主人公なんですが。なんか、どこにでもいる女の子ですよね。どうだろう。挿絵がつくとしたらやはり、川原泉さんのイメージでしょうか。
それでは、また次のお話でお会いできますように。
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