在りし日の 4




11.昇紘

「主上?」
 足を止めた予に、女官長が声をかける。
「どうなさいました?」
「……ああ。そうか。あれが、戻っているのか」
「李翠さまは、今朝方、大学から戻られました」
 郁也を連れ戻してから、十年が過ぎていた。
 李翠というこどもは、出来がよかったらしい。一去年、十三になったばかりで、大学にはいることが決まった。耳に挟んだ話では、順調に、単位を取得しているらしい。
 それでも、こうして時々帰ってきては、郁也の相手をする。
 微笑ましげな光景だった。
 午後の日差しの中で、郁也は、陶の椅子に腰を下ろしている。膝の上に、すっかり年老いた猫をのせて。
 こぼれ落ちる黄色いはなびらが、郁也と猫とに降りかかる。
 傍らに立ち、十五にしては大人びた李翠が、そんな郁也を見守っていた。うっすらと微笑む郁也と李翠がふたりでいるさまは、恋人同士のように見える。しかし、予の心が以前のように、嫉妬に波立つことはない。
 光の中の景色は、一幅の絵のようで、予は、ことばもわすれて、しばし、見入っていた。
 李翠が、なにごとか郁也に言ったらしい。
 こちらを向いて、郁也が、笑った。
「昇紘」
 あどけない声で、郁也が、予を呼ぶ。
 猫が、膝の上を滑り落ちる。
「あぶない」
 手を差し伸べようにも、距離がありすぎた。
 李翠が、郁也を掬うように、脇の下から抱きとめる。
 郁也の表情が、今にも泣きそうに、歪んだ。
 痛ましげに、李翠が、女官が、郁也を、見た。


 昨年のことだ。
 夏の離宮で、郁也は、殺されかけた。
 白刃は、予ではなく、明らかに、郁也を狙ったものだった。

 予たちは、きらめく湖水に舟を浮かべて、微風に吹かれていた。
 金の竜頭もあでやかな、小振りの屋形船が、湖面をゆっくりと滑る。
 あの頃の郁也は、予の前で笑うことはなく、その時でさえ、ただ、ぼんやりと、水に手をつけただけだった。
 それでも、予は、幸せだった。
 郁也が、予のすべてだった。
 隣に腰を下ろして、郁也は、水面を見下ろしている。
 吹く風に、後れ毛が、揺れる。
 郁也の、全身が、震えた。
 どうしても押さえ切れない衝動に、予が、郁也を抱きしめ、首に顔をうずめたからだ。
 震えるだけで、抵抗はない。
 服越しの、郁也の体温を感じながら、予は、目を瞑った。
 郁也が服を整えるのを見ながら、
『風が冷たくなった』
 予は、命じた。
 漕ぎ手が、船首を岸に向ける。
 桟橋に着いた。
 郁也の手を取り、杖の代わりになる。先に下りて、もう一度、手を差し伸べる。
 郁也が、予の手に縋るようにして、舟を下りた。
 肩を抱いて、数歩進んだ時だった。
 予は、その声を聞いたのだ。
『死んでいただきたい』
 なにごとが起きたのか。
 動くことすら忘れて、予は、郁也がその場に頽おれるのを、ただ、見ていた。
 岸辺の天幕に集っていた女官たちが、悲鳴をあげる。
 駆けつける、大僕、兵士。
 先ほどまで舟を漕いでいた、暗殺者へと変貌を遂げた男が、駆けつけてくる兵士達に、予に手を伸ばすのを、予は、浅野を眺めつづける視界の隅に捉えていた。
『主上』
と、注意を喚起する声がする。しかし、予は、動くことさえ忘れていた。
 郁也の血が、予の足元を染めている。
 桟橋に倒れている郁也だけが、予の意識を、絡め取っていたのだ。
 視界が突然ぶれた。
 そう思ったとき、郁也を刺した男が、予の腕を捕らえていた。
 振り払う気概など、予にはなかった。
 郁也がいないこの世に、予は、未練などなかったのだから。
 殺されてもかまわない。
 予は漠然と思っていた。
 雷燕が、青い顔で、予を見ている。
 他の者たちも、その場に凝りついたように、青ざめ、うろたえきっていた。
『やるがいい』
 予は、男だけに聞こえるように、そう、つぶやいていた。
 ――――郁也を貫いたのと同じ、その刃で、予を切り裂くがいい。
 しかし。
 男は、予のひとことに、隙を作ってしまったのだ。
 それを、見逃すような雷燕ではない。
 雷燕が、男に迫る。
 捕らえられようとした直前、男は、己の首を、掻き切ったのだ。
 ―――郁也を貫いた、その、同じ刃で。
 男の血が、予の足元を赤く染めてゆく。
 郁也の流した血の上に男の血が、降りそそぐ。
 桟橋に倒れている郁也を抱き上げようと、伸ばした腕は、
『主上。拙が』
 雷燕に遮られた。
 お医師を――、お部屋を――、女官達の声を遠いものに感じながら、予は、ただ、立ち尽くしていた。
 土気色の顔は、先ほどまで、予に抱かれて切なげな表情を見せていたのと同じ人間だとは、思えない。
 雷燕の腕の中で、郁也は、まるで死人のように見える。
 その時予を捉えていたのは、恐怖だった。
 郁也を失うかもしれないという、紛れのない、恐怖を感じながら、予は、郁也の、力なく伸びている手を握りしめずにはいられなかったのだ。



12.郁也

 オレは、ぼんやりと、湖面を見下ろしていた。
 冷たい水に、手を浸す。
 女官のひとりから、この湖を、翠湖というのだと聞いていた。
 湖のずっと遠く、これを見るためだけに造られた築山から眺めれば、美しい翡翠の飾り玉のようなのだそうだ。
 ゆっくりと滑るように進む舟。
 しかし、近くで見る透明な水は、湖の底までも隠すことがない。
 水深が、とても深そうだ。
 でも、なんか、あれは、家の屋根みたいだ。うん。家だよな。家というか、王宮なような。
 もしかして、この広い湖の底に、まるっとひとつ、城が沈んでる?
 ああ、そういえば……。
 なんか、女官が話してたよな。
 昔、悪徳のかぎりを尽くした王が、翡翠や金を使って、贅沢な城を造ったって。それに怒った天帝が、一晩で、城を沈めたんだとか。それで、ここに湖ができたって。本当だったんだ。
 こういうの、李翠が好きそうな気がする。
 うん。
 歴史とか、民俗学とか、そんな感じが好きらしいもんな。あいつ。
 李翠も連れてきてやりたかったな。
 喜んだと思うけど。
 大学の休みまではまだ間があるらしい。でもって、その前に、試験なんだそうだ。
 大学………。
 試験。
 ああ、そうか。オレは、とっくに、大学を卒業してる歳のはずだ。
 オレって、今、多分、二十九才なんだよな。
 とっくに年取らなくなっちまってるけど。
 こっちにこなければ、どんな仕事してたんだろう。多分、サラリーマンかなぁ。でもって、独身貴族とかって、アフターファイブを充実させてたんだろうか。仕事して、その後に、酒飲みに行って、恋人のひとりくらいいるだろうか。もうじき三十になるから、その前に、結婚しようかどうしようかとか悩んでたりしてさ。
 ―――夢だよな。
 今のオレは、そんな生活とはほど遠い。もしも元の生活に戻れたとして、社会復帰できないような気がする。
 決まった時間に起きて、ラッシュにもまれて、残業して――か。
 怠惰な生活にすっかり、慣れちまってるからな。
 今更、戻れやしないんだ。
 わかってる。
 どうせ、帰れない。
 オレの居場所が、もう、ここしかないってことは、わかってるんだ。
 それでも、どうしようもないくらい、切なくなる時がある。
 翡翠の髪と翡翠の目の女を思い出す。
 最近は、あまり思い出すこともなくなっているけど。
 彼女といたら――――
 とつぜん、背後から抱き寄せられて、首筋に、くちびるの感触を受けていた。
 全身が、震えて、強張りかける。
 でも、それだけだ。
 オレは、抵抗らしい抵抗もしない。
 ただ、昇紘がしたいように、身を任せておく。
 どうせ、拒絶したって、いいようにされてしまうんだ。だったら、怒らせないように、受け入れるほうが、しんどくない。
 それに、最近の昇紘は、不思議と穏やかだ。触れてくる手も、くちびるも、やさしい。以前みたいな無茶は、しない。それでも、オレは、抱かれるのは、怖いと思ってしまう自分がいるのを知っている。男に抱かれるのなんかイヤだと、喚きたくなるオレを、知っている。
 目を閉じて、オレは、昇紘の手が、服を脱がしてゆくのを、堪えていた。

 のろのろと身繕いをしていると、
『風が冷たくなった』
と、昇紘がつぶやくのが聞こえた。
 汗かいたからな……。
 見られている。そんな気がして、オレが見上げたその先で、舟を漕いでいる男と、目が合った。
 見られていたんだ。
 肌寒さを忘れるくらい、一瞬で全身が、発火するかのように熱くなった。
 そうか。オレって、外で、抱かれたんだ………。
 見られてたんだ。
 オレが顔を背けるより先に、男が前を向いてくれて、オレは、救われた気分だった。
 軽い衝撃で、舟が桟橋に着いたのがわかった。
 昇紘が手を貸してくれる。先に舟を下りて差し伸べてくれる手に、縋る。
 そうでもしないと、悪くなった足は、不安定な場所では、すぐに、よろけてしまうんだ。でもって、踏ん張れない。よそから見ると、多分、オレは昇紘に頼らないと何にもできない男――なんだろうな。情ないっちゃ情けないが、ある意味事実だったりするから、しかたがないんだろう。
 桟橋に降りると、肩を抱かれた。
 オレって、まじで、昇紘にとっちゃ女――なのかもしれない。
 エスコートされて、肩を抱かれて。
 それを受け入れてるオレもオレだ。
 いや、いっそ、疑問なんか抱かずに受け入れちまえば、楽なんだろうけどさ。けど、ふっと、突然、周囲が気になっちまう。これは、自意識過剰なんだろうか。
 そんなことを、ぐるぐると考えていた。
 だから、
『死んでいただきたい』
 ゾッとするほど抑揚のない声が背後からかけられたとき、オレは、なにを言われたのか、わからなかったんだ。
 言われたことはわからなかったけど、足から力が抜けてゆくのは、わかった。
 え? って思った。
 なんで? って。
 それから、からだの一箇所から、全身へと、信じられないくらいの痛みが、駆け抜けた。
 全身の神経に喰らいつかれて、オレは、熱いのか痛いのか、何も感じていないのか、それすらも、わからなくなったんだ。
 なんとなく、昇紘の名前を、呼んだような。それが、オレの、記憶の最後だった。



13.李翠

 僕が王宮に引き取られたのは、五才になる少し前だった。
 それまで、僕の知っているものといえば、父と母と海と村、それに、僕たちが住んでいた小さい家。
 幸せな、記憶だった。
 僕は、父が、本当の父じゃないなんて知らなかった。
 心配事は、村の他の男たちみたいに逞しくない父が、いつか倒れやしないかってことで。それ以外は、格段、心配なことはなかった。
 父は、寒かったり長雨が続いたり、気候がかわると、杖を使わないと歩くのが辛そうだったけれど、それでも、いつも、笑っていたような気がする。
 猫を拾った何日後だったろうか。
 あれは、冬に足を踏み入れたような、寒い日だった。
 父さんが作ってくれた新しい服が、僕は嬉しくてならなかったのを覚えている。
 突然の村長の招集に、村人全員が、村長の家に集まった。
 そこで、僕たち一家の運命は、変わってしまったのだった。
 禁軍将軍、禁軍の兵。
 そうして、国王。
 村一番の村長の家が、狭苦しくてみすぼらしく見えるほど、彼らの存在感は圧倒的だった。
 そうして、僕は、父が僕の本当の父じゃないことを知った。
 明翠が海で拾って、夫の代わりにしたって話だったけど――
 何にも覚えちゃいなかったからって、名前も同じにしてな――――
 自分を捨てた男と同じ名前にするかね普通――
 愛人だとさ――――
 国王陛下の愛人ってか――
 男だろうが――――
 男でもやることはやれるからな――
 なんか、オレらとは違うとは思ってたけどなぁ――
 なまっちろくて――――
 いいんだろうさ――――
 おい――――
 ああ――――
 村長の家から追い出されたように家に帰る間中、僕は、村人達の噂話を、聞いていた。
 母の手をしっかり握っていないと置いてゆかれそうで、けれど、聞こえてくる噂話を、聞かずにはいられなくて。
 愛人。
 そう言う口調は、変に蔑むみたいで。
 父が嘲笑われているみたいで、僕は、悔しくてたまらなかった。
 王さまに、父さんを取られた。
 そう。
 王さまは、もう、父さんを、返してくれるつもりはないんだ。
 王さまに抱きしめられて、くちづけられていた父。
 その光景が、頭の中をぐるぐると回っていた。
『やだよ………』
 涙がこみあげてきて、止まらなかった。
 父さんは、僕と母さんのなのに。
 悲しくて、悲しくて。
 僕の手を握り返してくれない母さんの手が、淋しくて。
 僕は、不安で、ならなかった。
 その後の四日間を、僕は、ただ、猫を抱いたまま、震えていた。
 家の隅。
 三人でひとつになって寝ていた、寝台の上で、できるだけ小さくなって震えていた。
 母さんは、もう、帰ってこない。
 なぜだか、それは、確信だった。
 母さんは、僕を捨てる。
 父さんは、連れてゆかれるだろう。
 僕は、独りぼっちになる。
 だれもいない。
 だれひとり、僕を気にかけてくれる人なんかいやしない。
 思えば思うほど、僕は悲しくて切なくて、辛くて、怖くて、どうしていいかわからなかったんだ。
 だから、扉が開いて、父さんが迎えに来てくれた光景を、僕は、決して忘れない。
 見たことのない、たっぷりとした布の、綺麗な長い服を着た父さんのことが、僕は、最初、誰だかわからなかった。
 村の誰よりも白い父さんの顔は、青ざめていて、小さくなったような気がした。
 母さんは死んだ。
 けれど、父さんは、僕を見捨てはしなかった。
 そのことが、なによりも、あの時の僕には嬉しいことだったんだ。

 王宮に連れてこられて、何もかもが珍しかった。
 柱の一本一本がとても太くて、彫刻がしてあったり色を塗っていたり。天井にまで、色んな絵が描いてあったり、不思議な模様を描いていたり。壁に貼りつけられている、金唐革(きんからかわ)という、なめした皮に圧して模様を浮き上がらせたのだという細工。床に敷かれている、絹の敷物や、毛皮の敷物。窓には、色とりどりの玻璃が嵌っている。机も、棚も、花瓶も、物入れも、椅子も、なにもかもが、信じられないくらい立派で豪華で、これが、話に聞いた天帝さまのお住まいなのかもしれないと、そう、思ったりしたものだ。
 けれど、今にも泣き出しそうなのを、そうやって珍しいものに触れることで、誤魔化していたのにすぎない。
 王宮についてすぐ、僕は、父と引き離されたんだ。
 後から思えば、この時、父はすぐ、太子に立てられてたんだろう。
 王の、父に対する執着を、僕は、この後、色んな場所や場面で、見せ付けられることになるんだ。
 広くて豪華な部屋の牀榻の上で、僕は、ひとりで寝ていた。
 猫といっしょに寝てもいいと、天女みたいな女官が言ってくれたけれど、淋しくてならなかった。
 どうして、父さんと別々に暮らさないといけないのか、僕にはわかってはいなかった。
 だって、同じ、この後宮に、いるというのに、建物は別だというんだ。
 僕は、そっと、牀榻を抜け出して、父さんを探して、広い後宮内を彷徨った。
 そうして、僕は、やっと、父さんのいる場所を見つけた。
 広い部屋の牀榻の中が、橙色の光で明るく照らされていた。
 王さまの下で、父さんが、泣いていた。
 父さんが、王さまに、苛められている。
 そう思った僕は、王さまに、殴りかかっていた。
 庭に出入りできる扉から、僕は、飛び込んでいたんだ。
 クラクラと、目の前が眩み、頭が、割れるように痛かった。
 父さんが、何か、言っている。
 けれど、僕にわかったのは、王さまが、僕を力任せに振り払ったのだということだけだった。
 飛びかかって、振り払われ、僕は、床で頭と背中を打ったのだ。
 王さまの、冷たい黒い目が、僕を見下ろしていた。
 ぎらぎらと、怒りを宿して、今にも殺されるのじゃないかと、そう、思った。
 けれど、違った。
 騒ぎに駆けつけた女官のひとりに、僕は抱き上げられて、そうして、自分の部屋に連れ戻されたのだった。
 それから、八年を、僕は、後宮で、過ごした。
 父がどうしてここにいるのかとか、自分がどうしてここにいることができるのかとか、気がつけば、僕は、理解していた。
 王の父に対する恋着の激しさも。
 いつからか、僕は、父を見ていると、切なくなるようになった。
 その胸の痛みがなになのか、わかった瞬間、僕は、ここを出ようと、決意した。
 父は、僕を、必要としてくれる。
 けれど、僕には、なにもできない。
 どころか。
 僕は、父の足かせに他ならないのだ。
 王が僕の前に姿をあらわすことは滅多になかったけど、それでも、王が父になにか無理強いをするときに、僕を引き合いに出しているらしいことは、父のことばの端々から、感ぜられた。
 大学に入って、そうして、寮に入ろう。
 そう心を決めるのに、さして時間はかからなかった。

 けれど、出るべきではなかったのかもしれない。

 大学寮に戻った僕は、舎監の先生に呼び出された。
 僕が王宮となにか関係を持っているということを知っているのは、学長だけだし、別にそれに関係して、なにか問題を起こすってこともないから、だから、僕は、その時、なにか規則違反をしたのだろうかと考えて、首を傾げていた。規則といっても、大人のほうが断然多いこの寮の規則は、子供である僕にはさしてきついものじゃない。と思うんだけど、よくは、わからない。こんなもんだろうと思っていたから。
 それはともかく。
 舎監の先生に、応接室に連れて行かれた僕は、そこに学長と、僕のよく知っている女官がいるのに、びっくりしたんだ。
 だって、玉絹は、僕のというよりも、父に使えている女官のひとりだったからだ。
玉絹(ぎょくけん)?」
 僕が近づくと、玉絹は椅子から立ち上がり、
「李翠さま………」
と、つぶやいたきり、声をなくした。
「父さんに何かあったんだね」
 震える声を、抑えることが、僕には、できなかった。
 いつか、父に、何かが起こるかもしれないと、後宮を出てから、僕は、考えるようになった。
 父――王の愛人……いや、違う。太子に対する評判は、芳しいものではなかったからだ。おそらく、それらは、面白おかしく脚色された、古くからよくある、寵妃に関する醜聞が元だったのだろう。
 それは、男だからというのもあった。しかし、それよりも、父の評判を貶めているのは、父のあずかり知らぬであろうことばかりだった。
 父が奢侈を好むだとか、政に口を出しているとか、親族を多く重用してもらえるようにと王にねだるとか(この世界で天涯孤独の父が、どうやったら、親族を重用してもらうことができるというのだろう)。父を知るものが聞けば、怒ることすら忘れて、ただ、笑うしかないようなことばかりだった。
 それが、良いか悪いかはともかく、父は、置物のように、何もしない。王にねだりもしなければ、政に口を挟むこともない。
 ただ、王に逆らわないように、そこにいるだけなのだ。
 それでも、そんな風に、父が言われているというのなら、父をまったく知らないものはそれを丸ごと信じてしまうかもしれない。そうして、信じてしまったものは、父に対して、好い感情など持てないに違いないのだ。
 この風聞が、もしも、王宮にまで届いているのだとしたら――――
 元々父をよく思っていないものが、これを聞いたら、父を追い落とすのに利用しようとはしないだろうか。
 僕は、怖くてならなかった。
 せめて、僕が、大学を出て、父を守ることができるようになるまでは、何も起きないで欲しい。
 いつも、僕は、そう、祈っていた。

 夏の離宮に、父が避暑に出かけていることは、父からの手紙で知っていた。
 僕もくればいいのにと、書かれていたけど、試験があるからと、断っていた。
 事実、試験は、後ひとつ残っている。
 けれど、そんなこと、今は、どうでもいいことだった。
 騎獣を駆って、離宮にたどり着いた僕は、ただまっすぐに、案内された。
 父の、寝室に。
 ―――――父は、青白い顔をして、牀榻に横たわっていた。
 王と医者、それに、女官が数名、部屋にはいた。
 夏の盛りだというのに、部屋の中は、まるで、冬のように、暗い。
 父の容態が、重篤(じゅうとく)であることは、すぐに、察することができた。
 父を襲った男は、既に、不帰のひとで、その背後関係も何も、探ることは不可能なのだそうだ。
 僕はただ、牀榻の傍らに跪き、やせ細った父の手を握りしめている王の側から、父を見ていることしかできなかった。


つづく



from 11:43 2005/10/14
up 07:12 2005/10/30


あとがき
 四回目
 だんだんと荒が目立ちはじめますxx
 う〜ん。
 新たに、明翠の視点も入ってきますしね。
 次あたりから、もひとり分、視点が入ってきます。
 昇紘さんと浅野くんだけの視点では、なかなか、辛いものがありまして、加えてみたのですが。加えれば加えるだけ、粗が………。
 これ書いてるくらいから、色んなサイトさんでのタイムスリップものとか異世界スリップものとかを拝読しだしまして、うちの浅野くんは成長せんよな〜と///
 まぁ、成長モノ書いてるつもりはないので、いいかなと思いつつ、こんなん楽しんでもらえてるのかなと、不安もあったりな、魚里なのでした。
 もうしばらくお付き合いくださると、嬉しいです。


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