青白い顔だ。
部屋には、午前中の日差しが差し込んでいる。
魘されている郁也の前髪を掻き上げてやりながら、私は郁也を、飽きることなく眺めていた。
三月前、郁也は突然行方知れずになった。
四方八方手を尽くして、一月半後に、手元に、戻ってきた。
そのときにはすでに半病人の態で、腕は、そうとわかる注射のあとで青く変色していた。
私のことも、わからないようだった。
私がこの世の中で何よりも気に入っている存在は、私のことを、きれいさっぱり忘れていたのだ。
それどころか。
郁也は、私のことを、殺そうとした。
脇腹を灼いた痛みを、私は、覚えている。
枕の下から取り出したサイレンサーつきの銃が、私に向けられたあのときを、あの一瞬の郁也の逡巡を、私は、思い出すことができる。
郁也のわずかな逡巡が、私の命を救ったのだ。
麻薬と、麻薬下の暗示とで、私を殺すよう洗脳されていたのだろう、郁也の、戸惑い。それを確認したからこそ、私は、郁也を、許せるのだ。いや、そうではない。郁也が、生きているからこそ、私は、郁也のすべてを許せるのだ。郁也が不在だった一月半を思えば、郁也が私を殺そうとしたことなど、どうでもいいことだった。それが、郁也の本心からではないと、わかっているからこその、余裕だろう。
「あああっ」
郁也の苦しそうな悲鳴に、私は、物思いから、醒めた。
首を振りながら、耳をふさいでいた。
軽く頬を叩く。
やがて現れた、まぶたの下の褐色の双眸が、ぼんやりと、私を捉えて、揺れた。
もがくように逃れようとする郁也の腕をつかみ、
「なぜ、逃げる」
問いかけていた。
「な、なんでっ、あんたが、生きてるっ」
悲鳴じみて悲痛な叫びに、
「おまえは、しくじったのだよ、郁也」
ゆっくりと、名前を呼んでやる。
思い出せ。
おまえは、暗殺者などではなく、私の、存在のすべてなのだ――――――と。口にはできない思いをこめて、呼びかける。
しかし。
震えつづける郁也の次の行動は、たやすく予測ができた。
これまでも、そうだったのだ。
死なせるつもりはない。
郁也がどれほど死にとりつかれていようと私は、郁也を死などに渡すつもりはないのだ。
苦々しい思いを打ち消すように、
――――愛している。
私は、郁也に、くちづけた。
おわり
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start 15:18 2006/09/01
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