Love Song 5







いつの間に、眠ってしまったのだろう。

高遠は目を覚ますと、髪を掻き揚げたまま、ぼんやりと空になっているベッドを見つめた。

はじめは何処へ行ったのか、すでにベッドから温もりは失われている。

40度近い熱が出ていたのだから、まだ、動いていいはずも無いのに。

それとも、そんなにも自分の傍に居るのが、嫌なのだろうか。

そんなことを考えて、高遠は、少し、暗い気持ちになる。

けれど、自分がはじめにしてきたことを思えば、無理も無いような、気もした。

 

高遠は、軽く頭を振ると、気分を切り替えるように時計を見上げた。時間は、8時を少し回ったところだ。朝食の時間はとうに過ぎている。では、教室に行けば捕まえられるだろう。

高遠は立ち上がると、クローゼットから替えの制服を取り出した。

 

 

 

 

 

教室で簡単に捕まるだろうと思っていたはじめは、けれど、教室には居らず、結局高遠は、あちらこちらを探し回るはめになっていた。広い校内は、うんざりするほど、人が隠れる場所を提供してくれている。

そう言えば、と、高遠は思った。

はじめに出会ってからというもの、こうしてはじめを探して歩くのは、何度あっただろうか。

決して、一度や二度では無い。もう、このひと月ほどの間に、何度も彼の姿を探した。

そして、見つけた瞬間の、自分の気持ちを思うと、高遠は少し複雑な気分になる。

今まで、どうしてもそれを、認められなかったのだ。

彼の困ったような顔を見るのが、楽しい、だなどと。

今でも、彼のことを考えるだけで、その、表情を思い出すだけで、胸の中が温かくなる。

早く、見つけて、安心したい。

高遠は、その歩調をさらに速めた。

 

靴音も高く、急ぎ足で心当たりを片っ端から当たっているその途中で、高遠は久しぶりに、由良間たちと偶然会ってしまっていた。

同じ学年で、同じ校舎で学んでいるのだから、それは当たり前のことなのだが、このところ、高遠がずっと避けていたのだ。

いらぬトラブルになど、もう、巻き込まれるのは、うんざりだった。

 

「高遠さん!」

馴れ馴れしく声を掛けてくる由良間たちを、冷たい眼差しで見据えながら、高遠は内心、舌打ちをした。

 

つまらない連中に見つかりましたね…

 

ついこの間まで、一緒につるんでいた連中だったが、今の高遠には、もはや、興味も何も無い。いや、初めから、そんなものは存在しなかった。ただ、相手が媚びへつらいながら、自分の周りに居ただけ。

ただ、それだけのこと。

 

「何の用ですか」

冷たく言い放つ高遠に向かって、由良間たちは愛想笑いを浮かべる。

「いやだなあ、高遠さん。最近、あのチビばっかりかまって、おれたちと全然遊んでくれないじゃないですか〜」

猫なで声を出して、理事長の孫という自分の存在を利用するためだけに寄ってくる、寄生虫のような連中。そんなヤツばかりしか、自分の傍にはいなかった。

はじめのように、自分に対して率直にものを言ってくる人間など、一人もいない。

そう考えて、ふと、はじめの真っ直ぐな眼差しを思い出す。

何の損得も考えず、ただ、自分の信じるもののためだけに、動くような、彼。

そんなはじめの傍にいて、自分がいかに何も見ていなかったのかと、思い知らされる事が何度もあった。

だから、まともな人間が、傍に寄り付かなかったこともすべて、自分のせいだったのだと、今の高遠は理解している。

 

もう、そんな連中と、関わり合うつもりはなかった。

はじめと出会ってからというもの、高遠は、自分が変わったという自覚があった。

 

「ああ、きみ達とつるむのは、もう、飽きましたから。じゃあ、ぼくは急いでるので」

当たり障りなく、拒絶の言葉を残して、高遠はやり過ごそうと考えた。自分の言葉に逆らえるほど根性のあるヤツなど、いないはず。そう、思っていたから。

 

そのまま、高遠が由良間たちの間を通って歩いて行こうとしたとき、突然、由良間の声が、高遠を呼び止めた。

 

「なぜですか!」

 

意外だった。

何よりも、その声に悲痛な響きが込められている気がして、思わず高遠は足を止めていた。

いつも、自分を呼ぶ声とは、まったく違う、その声に、違和感を覚えて。

けれど、このとき立ち止まったことを、高遠は、後でイヤというほど後悔することになる。

 

「何がですか?」

氷のような冷ややかさで、高遠の月色の眼差しが由良間たちを捉える。けれど、由良間は怯まずに、言い放った。

「なんで、あんな生意気なヤツが…あんなヤツの、どこがいいんですか?!」

「聞きたいんですか?」

高遠は、口元に冷笑を浮かべた。

「『ぼくに、決して媚びないところ』ですかね」

一瞬にして、由良間の表情は強張り、口は閉じられた。

 

「では、ごきげんよう」

 

 

高遠が、靴音を響かせながら、彼等の前を通り過ぎてゆく。高遠の長い前髪が、目の前を揺れながら過ぎてゆくのを、由良間は、唇を噛み締めながら、悔しい思いで見つめていた。

 

馬鹿にされたと、感じていた。

酷く、プライドを傷つけられていた。

今まで、何を言われようと、ずっと我慢していた。

ただ、傍に居られればいいと、自分を納得させていた。

憧れだった。

 

…なのに、あんな、何のとりえも無さそうなヤツに、取られてしまうなんて。

 

暗く澱んだ想いが、頭を擡げている。

その怒りは、誰に対して向けられているものなのか。

高遠か。

それとも、はじめにか。

 

あまりの怒りに、痛みさえ感じる頭に、授業の開始を知らせる鐘の音が、響き渡った。

 

 

 

 

 

結局、はじめは保健室に寝かされていた。

無謀にも、一時限目の体育の授業に出ようとして、途中で倒れたらしい。

高遠が、一時限目の授業を棒に振ってまで探した挙句が、これだ。

もう、溜息しか出なかった。

 

「きみは、馬鹿なんですか」

保健室で寝ている病人に対して、あまりと言えばあまりな言葉を、高遠は投げつける。

「いきなりなんなんだよ! 喧嘩売りに来たんなら、帰れ!」

はじめも、自分を心配して探していた相手に対して、あまりな言葉を投げ返していた。

「ぼくが、こんなにも心配してるって言うのに、きみは…」

「別に、心配してくれなんて、頼んでねーもん」

フンッとばかりに、はじめは顔を逸らす。

いつもと、変わらないそぶりを見せているはじめに、けれど、高遠には、それが無理に作っているカラ元気であることがわかっていた。

熱を持って頬に赤みを帯びているはじめの額に、そっと、手のひらを当ててみる。

やはり、まだ、かなり熱い。

「はじめ、どうしてそんなに無理をするんです? ぼくは、本気で心配して、探し回りました。こんなに無理をして、きみが身体を壊しでもしたら、ぼくは…」

 

ぼくは…?

 

その後、なんと言おうとしたのか、自分でもわからなくて、高遠は困惑した。

自分は一体、どんな言葉を続けるつもりだったのだろう?

 

気が付くと、はじめが悲しそうな顔をして、こちらを見ていた。

「どうしたんですか?」

「…なんでもねーよ…あんたが、あんまり心配性だから…呆れてた…だけ」

そう言い終わるなり、ごろりと転がって、高遠に背を向けてしまう。

「はじめ…」

そんな、自分を拒絶するかのようなはじめの態度は、いつものこととはいえ、やはり、高遠の胸の奥に微かな痛みを感じさせた。けれど、

「授業、始まるぜ。三年なんだから、つまんねーことで、授業さぼんな」

背中を向けたまま、呟くように零されたはじめの言葉に、今しがたの痛みは、綺麗に霧散してしまっている。

はじめの言葉一つで揺れ動く、自分の気持ちに可笑しささえ覚えながら、高遠は、はじめの顔を、覆いかぶさるようにして覗き込んだ。

 

「それは、ぼくの勉強のことを、心配してくれているということ?」

クスクスと、笑みさえ零しながら、高遠ははじめの頬にくちづけを落とす。

「じゃあ、教室に戻りましょうか。きみはここで、大人しくしているんですよ?」

最後に、はじめの頭を軽く撫でて、高遠は保健室を後にした。

 

保健室の中には、熱のせいではなく、真っ赤になってしまったはじめと、同じく頬を赤く染めている、ぽっちゃり型の中年の女性保険医が、取り残された。

 

「え〜、なんて言うか…きみも、大変ね」

ぽつりと零された、保険医の言葉に、さらに顔を赤く染めるしかない、はじめだった。

 

 

                            05/09/26

                              

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