とある国の聖女が勇者を選んだと報告が届いた。
王は放置を決め込んだようだった。
王にとって人界への干渉は、遊びに過ぎないのだ。
遊びなら、少しばかり手強いほうが楽しい。
だからこその放置だったのだろう。
勇者と聞いて、かつての老人の面影を、俺は思い浮かべた。
義務的に俺に剣を教えながら、それでも、いつしか、なにがしかの感情を瞳の奥に浮かべるようになっていた老人を。
興味が湧いたのはそのためだったろう。
俺は、ひとりで勇者がいるという国へ向かった。
夜の森に、焚き火がひとつ。
囲むのは、五人の男女だった。
「お前が勇者サマか」
赤い髪を一本に束ねた勇者は、声をかけるまで俺の気配に気づかなかったらしい。
それは、周囲の仲間たちも同じで、突然の俺の声に、その場は今更ながらの緊張を孕んだ。
振り返った勇者の青い瞳が、俺を見上げた。
「女か」
「失礼だね。あんたは魔族かい」
ぞんざいな口の聞き方に、俺は一瞬呆気にとられた。
「そうだ」
周囲が剣を抜こうとするのを、女が止める。
「敵意はないようだが」
「ああ。魔王陛下が放置を決定したのでな。手出しはしない」
周囲がざわめく。
「そんなこと、教えていいのかい」
「かまわないさ」
ハッと、俺は一度だけ笑った。
「これくらいのことで陛下が俺を罰することはない」
「たいした自信だねぇ」
「事実だ」
俺の全身を青い目が見る。
「で、あたしに何の用だい」
「今回の勇者サマとやらの実力を見せてもらいたくてな」
俺の手が剣に伸びる。
「まぁさっきみたいに油断しきってたあんたのじゃなくな」
炎に照らされてわかりづらいが、勇者の頬が少しばかり屈辱に染まったように見えた。
「手出しはしないんじゃなかったのかい?」
気を取り直したらしく、尋ねてくる。
「手出しはしないが、興味はある」
「詭弁だね」
言いざま腰を浮かした勇者の手が剣の柄にかかった。そのまま、止まる。
「どうした」
そのまま固まった勇者に声をかける。
「今回の?」
「そうだ。お前が今回の勇者サマだろう」
「まるで前回の勇者のことを知っているような口ぶりだね」
「ああ。知ってる」
彼を思い出したから、興味がわいたのだ。
「前回の勇者だと」
「魔王を葬れなかった勇者のことか」
外野がうるさい。
「生きているのかい?」
「まさか」
どんな長生きな人間だ、それは。
「どうなったんだい。彼の最後は?」
末路が気になると言うことか。
「虜囚となって最後は魔物に喰われた」
勇者が息を呑んだ。それは他の仲間たちも同じだった。
当然だろう。
己たちの遠からぬ未来であると悟ったのかもしれない。
「前回の勇者は………あたしの父方のご先祖さまだ」
さすがは勇者と褒めるべきか、彼女が一番に気を取り直した。
「そうか。今回の勇者サマはそうならないように気をつけることだ」
俺は肩を竦めた。
肩を落とした勇者に、少々毒気が抜けたのだ。
踵を返しかけた俺に、
「まちなよ。あたしの力量を確かめなくていいのかい」
慌てたような声がかかった。
「ああ。気が削がれた。次の機会があれば、また来ようさ」
俺は右手をひらひらと振って、その場を後にした。
俺を追いかけようとする気配は感じたが、勇者のものではないようなので、気にはしなかった。
次に俺が彼女と会ったのは、魔族対勇者の混戦のさなかだった。
魔王も沈黙を破ることを決めたのだ。
それだけ、彼女の力は侮りがたいものだったということだろう。
各地をめぐるうちに賛同した者が増え、彼女たち一行は数を増やしていった。
それがまずかった。
とはいいながら、まだ王の本気もぬるい。ハエを手で追い払うていどのものだ。しかしながら、いかんせん、ハエの数が増えすぎた。ために討伐隊の数を増やした。そこに俺はなんらかの役割が与えられているわけではない。それは王の正式な軍が当たっている。俺は、いや、俺たち半魔の六人は、あくまでも非正規な存在なのだ。ゆえに、基本的に俺たちの行動自体は自由だった。戦闘に参加するもしないも、自侭に任されていた。所詮は王のペット。邪魔にならなければいいくらいにしか思われていないのだろう。
その戦闘に俺たちが参加したのは、俺の気まぐれだった。
勇者の仲間を何人も葬り去った後、気がつけば勇者が目の前にいた。
いざ彼女と剣を交えようとしたその時、勝敗は決したのだ。
退却の狼煙が互いの陣から上がる。
勝敗を決した後など、魔物に任せておけばいい。
魔物が本能に任せてその場に残る敗者を好きにする。
けれど、俺は退く気にはなれなかった。
それは彼女も同様だったらしい。
甲冑から覗く悔しげな彼女の青いまなざしを見ながら、俺は彼女と初めて剣を交えた。
負けた彼女を連れ戻れば面白いだろうと、そう思ったからだ。
しかし、願いは叶わなかった。
彼女は、後方に控える魔術師に呼び戻された。
消えた彼女の残像を名残惜しげに見る俺を、部下が取り囲む。
「ご帰還ください」
俺は、部下の薦めるままに帰還した。
戻った俺は、王に呼ばれた。
返り血すら浴びなかった俺だから、そのまま王の元に参じればよかったろうが。
やはり気持ちが悪い。
湯を浴びてから王の元に出向いた俺を待っていたのは、王の冷ややかな視線だった。
「私を待たせるとはいい度胸だ」
機嫌が悪いのを感じたが、今更どうしようもない。
「なにかお気に召さないことをいたしましたでしょうか」
「したな」
言いざま、王は俺の腕を掴んで引き寄せると、くちづけを落とした。
噛み付き、深いものへと変化するそれは、どこかいつものとは違って、俺を容易く惑乱の淵へと突き落とした。
背後から抱きかかえられて自重で苦しむ俺の胸元を、王の白い指がまさぐる。
すっかり立ち上がった俺の男性器は、先走りをしたたらせ、生々しいほどの存在感を見せている。
それでも、イかせてはもらえない。
くびれの根元に嵌められた金の輪が、俺の遂精を阻んでいる。
何度も、俺は、ドライのまま果てては、高められている。
際限ない拷問じみた交合に、気を失うことさえ許されずに、だらしなく開いたままの口からは、唾液とただ掠れた喘ぎが漏れるばかりだった。
怠いからだを起こすと、なにか違和感を覚えた。
王はいない。
髪を掻きあげ、違和感の正体に気づいた。
俺の乳首を小さな金の飾りが食んでいた。
ちりちりとした痛みが快感の火種となって、俺の性器へと命令を下す。命令に従いたくても従えないほど嬲られ尽くした性器にはまだ、輪が嵌められたままだった。
「くそっ」
乳首を苛むそれを外そうとした時、
「外すことはならぬとの仰せです」
部下の声が聞こえた。
くちびるを、噛む。
何が気に入らないのか。
「湯を浴びる」
そのまま俺は隣接する湯殿に向かうことにした。
どうせ立ち上がれないのだ。情けなくも部下の手を借りて、俺は、湯を浴びた。
いつものことだが、羞恥がないわけじゃない。
ガキの頃に連れてきて面倒を見た奴らに、俺のあられもない姿を知られているのは、屈辱以外のなにものでもない。
しかし、それが王の望みなら、俺は、逆らうことはない。
死ねといわれても、俺は逆らわない。
むしろ、いつかそれを口にしてはくれないだろうかと、俺は心の奥底で願っていた。
ちりちりと俺を苛む痛みからは、その夜王に抱かれるまで解放されることはなかった。
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