面白い。
そう思ったのだ。
何度目になるのか、数えるのも億劫になるほどの“魔王討伐”隊の勇者と聖女だった。
数十年から数百年の間隔で行われる“魔王討伐”は、いつも必要最低限ぎりぎりの五名で開始される。その顔ぶれさえさしたる変化はない。彼らに煽動されて仲間となってゆく人間たちでさえ、どれほどの違いがあるというのか。彼らは私のもとにたどり着く前に半数近くが魔物や魔族たちとの戦闘にその命を落とし、残りは私の支配する世界にたどり着いた途端、彼らが瘴気と呼ぶ純粋な魔力と混じり合う劣情とに囚われ自滅してゆく。
いつもいつも、飽き飽きするほど似通った状況と結果だった。
実際、私は飽きていたのだ。
世界を滅ぼすつもりなど、ありはしない。
ただ、存在を義務づけられているだけなのだ。
相手が誰かは知らない。ただ、一番最初に存在を意識した瞬間、己をそうだと理解しただけだ。
“魔”と“聖”とは、互いに拮抗していなければ意味がない。こう言ってよければ対の存在なのだ。だから、最近の“魔”の勢力の拡大は、私にとっても、歯痒いことではあるのだ。こうも“魔”ばかりが大きくなれば、いずれ世界のバランスは崩れる。そうなれば、総てが崩壊することになるだろう。私自身、存在することに飽きてはいたが、総ての崩壊ひいては消滅を望むほど傲慢ではなかった。
ただ、私は怠惰に息をする。
私の統べる世界に満ちる劣情をこの身に取り込み、不純物を取り除き魔力へと変換する。私は、多くなりすぎて澱み劣情へと変化をきたした魔力を純粋な魔力へ戻すための、ただの循環装置にすぎないのだ。
“魔”は存在しなければならない。でなければ、“人間”はその身を律することができないほどに脆弱で凶悪なのだ。
ふと、気を引かれた。
私の城にたどり着いたふたりが惹かれ合っているのは、見るまでもない。
しかし、なにかが、ふたりの間に垣根を造り上げていた。それがなにかと興味はなかったが、互いの絆が互いの結界となり、彼らは純粋な魔力と劣情との影響を最小限に抑えることができたのだ。
他のものは、既に魔物や下位の魔族たちの餌食と成り果て、たどり着けたのは、ただのふたりぎりだった。
それでも、人間にしてみればいい結果だろう。
城にたどり着くことができた勇者たちなど、ここ何度かの討伐ではありえなかったのだから。
だから、面白いと、思ったのか。
それとも、ふたりの絆を面白いと感じたのか。
私自身にもわかりはしなかった。
しかし。
「これまでか」
結局多勢に無勢。
城の下層を守る中級以上の魔族に捕らえられた。
報告を聞くまでもない。
私は玉座から立ち上がり、ゆっくりと階層を下った。
傍に控えていた聖魔のひとりが狼狽も露に従う。
それを尻目に私は、転移することもなく城の下層へと向かった。
「ようこそ。我が城、我が世界へ」
勇者殿、聖女殿。
私に従う聖魔から先触れを受けていたのだろう、魔族たちに混乱はなかった。
ただその場に引き据えられた勇者と聖女だけが、驚愕も露に私を見上げているばかりだった。
「一対の人形だな」
まさに。
勇者はどこぞの国の王族の血を引く貴族の出だと報告を受けていた。
対する聖女は、同国の大きいとはいえ一商人の血筋だと。
“聖”を背負う者の好む清浄で美麗な外見をしている。
どれだけ血をながそうと、己のせいで血がながされようと、それに耐える精神力を持たなければ、勇者のパーティーなど務めることなどできはしない。
私を凝視する二対の瞳には、それだけの精神力と決意とが秘められていた。
「哀れよな」
所詮は、“聖”と“魔”とのバランスのために残酷な舞踏を押し付けられた操り人形に過ぎぬと言うのに。
もっとも、それは、言うまでもなく人間のためでもある。それでも、彼らに割り当てられた役割は、残酷なものに違いない。
「お前が、魔王なのか」
「お初に、勇者殿」
いや、もはや、元勇者殿と呼ぶべきかな。
視線で勇者たちの縛めを解く。
なぜ? と、見上げてくる青と緑の二対の瞳を見下ろして、私は嗤った。
「縛めは必要ない。この世界の空気を吸った時から、その身は冒されているのだからな」
感じないか?
ことさらゆるやかに、耳元でささやく。
ようやく彼らは感じたのだろう。
「まずは、互いの欲を遂げるがいい」
その場に居合わせた魔族たちがふたりを中心に距離を取る。
私には他人の性交を見物する趣味もなければ、自分の性交を見物させる趣味もないのだが、しかたがない。
私は聖魔が取り出した寝椅子に軽く横になる。
「できるかっ」
勇者が吐き捨てる。
頬を染めた聖女は、いたたまれなさそうに身をよじっている。
「いつまで保つか」
茶番に過ぎないが、この後のふたりの運命を思えば、少々の慈悲を与えてやろう。
城へとたどり着いた褒美だ。
彼らは以後二度と、互いを見ることは適わない。
少なくとも、互いに正気のままでは。
思い切りがつかないというのなら、きっかけを与えてやろう。
「虜囚は、我らの劣情の相手を課されることになる」
知っていよう。この世界に満ちる瘴気が劣情であることを。
感じていよう、その身の内からの強い疼きを。
どれほど強情に拒もうと、いずれひとは劣情に狂う。最下級の魔物にでも喜んで足を開くようになる。
それまでに死ぬかもしれぬが。
そうなる前に、愛する者を抱きたいと、愛する者に抱かれたいと、そうは思わないのか?
甘い毒と、苦い現実をつきつける。
先に動いたのは、聖女だった。
「勇者さま」
と。
豊かな金の髪が瘴気をわずかに祓う。
聖女は勇者を抱きしめ、くちづけた。
「あなたに許嫁がいらっしゃるのは存じておりました。それでも、もはやこの想いを抑える必要はないのだと。魔に魅入られた聖女とお笑いください。ただ一度のお情けをこの身に」
「聖女殿」
なんと容易い。
性交と繁殖とが直結している生き物の性と言ってしまえばそれまでだろうか。
性交と繁殖とが直結してはいいないというのに、既に彼らに煽られた魔族たちまで手近のものと肌を合わせ始めている。
最下層の広間に、爛れた劣情がわだかまってゆく。
私はただそれを黙ったまま見ていた。
「陛下」
私以外に唯一瘴気に冒されずにいた聖魔が視線を一同に向けた。
「かまわぬ」
事が終わった後、元聖女、元勇者の順で我が寝所へ。
「御意」
礼をとる聖魔を後に、私は上層へと戻ったのだった。
そうして、私は、ふたりを交互に抱いた。
さしたる感慨はもはやなかった。
ただ、この身の内にたまってゆく劣情を浄化しなければならなかったからだ。
ただ息をしているだけでは、あの爛れた瘴気を浄化することは私にも無理だった。
浄化するためには、私自身、劣情に身を投じなければならない。
なんとも皮肉なことに、劣情を浄化するには劣情に身を任せるよりないのだ。
煩わしい。
唯一残る感慨ばかりが私を苛つかせ、結果、私はふたりを抱き潰すことになった。
そうして、飽きるまで、私はふたりを閨の相手にした。
同時のこともあれば、別々のこともあった。
ただ、私がふたりを抱いている間、他の者に手を出させることはなかった。
そうして、飽きた後、元勇者は塔に入れた。そこは、聖魔だけが出入りできる仕組みの塔だった。聖魔の苛烈とも言える性欲を受け止める為の贄を集めた塔である。あの時私に従っていた聖魔が勇者を気に入ったのだ。結果的に、私は元勇者を総ての聖魔に与えたことになる。最も、漏れ聞いたところによれば、元勇者を抱くのは、件の聖魔だけであったようである。
元聖女を人間の世界に戻したのは、それが面白いかもしれないと思ったからだった。
まさか元聖女が私の胤を宿していたなどと、予想だにしなかった。
知っていれば、手元においておいたかもしれない。
しかし、興味をなくした相手のその後を追うほど物好きではなく、気づいたとき、息子は聖女の手を離れていた。
HOME
MENU