異端の鳥  15.魔 王 2



 どれほどの歳月が流れてからなのか、元聖女の中に宿った私の胤は、その胎内で成長をしはじめた。
 これまで異種族間の性交で受胎したためしなどありはしなかったというのに、何がきっかけとなったのか。それは、新たな種が誕生する先駆けに他ならない。これ以降半魔とでも呼ぶべき新たな種族が存在するようになるだろう。
 であればこそ、その妊娠の期間をあらかじめ知ることはなかったのだ。

 それに気づいたのは、異質な魔力の波動のためだった。
 これまで知るどの魔力とも異なる波動は、錯覚かとさえ思えるほどにかすかなものでしかなかったが、確かに私の元に届いた。それには、感情までもが含まれていた。例えばそれは悲しみであり、恐怖であり、絶望であった。孤独であり、希求でもあった。
 痛々しいまでのささやかさにも関わらぬ負の感情の多様さが私の関心を惹いたのかもしれない。それまで私はそれほどまでにささやかな魔力を感じたことはなく、あれほどまでに純粋な負の感情を感じたこともありはしなかったのだ。
 あまりにささやかにすぎた魔力の発生源を辿るのは、魔を統べる私にしても容易いことではなかった。が、やがてそれを、元聖女が産んだものであったのだと、突き止めることができたのだ。
 それと同時に、それが他ならぬ我が子であるのだと、直感していた。
 しかし、その時には我が子は元聖女の元にはおらず、再び徒に時がながれた。
 我が血を引く者の放つ魔力が、捉えたと思えた途端にこの手の中からすり抜けた。仮にも魔を統べる存在である私の探索から逃れた。その事実が私の感情を大きく揺り動かしたのだ。
 それは、怒りにも似た何かだった。
 我が子は、居場所を転々と移動していた。
 この私が後手に回る苛立たしさに、この手を血に染める。
 元聖女の家から謝礼を受け取り我が子を遺棄した者たちを皮切りに、居場所が移るたびにその場の人間もろとも破壊した。
 そうしてようやく追いついたとき、我が子の魔力が変質したのを見た。
 我が子を中心に渦巻く炎。それは、それまでの痛々しいささやかさとは違っていた。やがては、我が子をも焼き尽くすに違いないほどの、感情を源とする強大な魔力だった。
 私の血をその身の内に半分とはいえ巡らせつづける我が子は、感情の起伏に起因する魔力に振り回され疲弊し、そうして崩壊するだろう。私の予測粗いた仮定の未来は、心地好いものではなかった。既に私は失いたくないと感じていたのだろう。己の心のままに、子供の持つ魔力のほとんどを封印した。総てを封印しなかったのは、総てを封印してしまえば、我が子が人形と化すことがわかっていたからだ。尤も、いずれこの場と同じかそれ以上の激昂に囚われれば、私の施した封印とはいえ容易く消滅するに違いない。しかし、それさえ避けつづけることができれば、この子が崩壊し果てることはないだろう。
 不思議だった。
 抱き上げた我が子の、私を見下ろしてくるその緑の瞳を見返したとき、不思議な感情が、私を捉えた。
 それは、その幼いこどもが私の血を引いているという、ただそれだけのことが理由だったのだろうか。
 それとも、抱き上げた腕や肩から着衣越しに伝わる、体温、体臭、その存在の確かさゆえだったのだろうか。
 人間が焼け焦げる不快な臭いが漂う、己の犯した間違い故のその末路に藻掻く人間たちが松明へと成り果てたその場所で、私は我が子を「レキサンドラ」と名付けたのだ。

 連れ戻ったレキサンドラを一目見たものは、虜となった。
 時折彼の見せる幼気(いたいけ)でぎこちない笑顔が、我らの無為の時を癒したのだ。
 だから、我らはレキサンドラに笑っていてほしかった。
 聖魔が、上級魔族が、長い時を無為に存在するだけのものたちに、それは顕著に現れた。
 半魔という新たな種である孤独と同時に同世代の不在が、レキサンドラを孤独にしていることは一目瞭然だったろう。
 しかし、この世界にこどもは存在しない。
 いくたりかの聖魔や魔族が人里から子供を攫ってきた。遊び相手としてレキサンドラに与えようとしたのだ。しかし、子供たちは容易く瘴気に狂った。レキサンドラが瘴気に耐性があったせいで、ひととはいえ子供であれば平気だろうと誤解してしまったゆえの失敗だった。
 幼いなりにレキサンドラはどうにかしてここに馴染もうと務めていたが、目の前で狂ってゆく子供たちの姿に、恐怖したのだろう。自分もまたいずれそうなると思ったのかもしれない。青ざめ全身を震わせるレキサンドラに、ものに動じることの少ない聖魔や上級の魔族たちが慌てふためくさまが滑稽ではあった。彼らはすぐさま攫って来た子供たちをレキサンドラの目から隠した。
 以来、レキサンドラから笑みは消えた。
 態度にも怯えが見え隠れするようになった。
 己たちの逸った行動がレキサンドラを傷つけたと理解したものたちは、彼から距離をとるようになった。
 それはますますレキサンドラを孤独へと追いつめてゆくことになった。
 あまりに異質な世界と、育てられた教会の教えとはあまりに異なる常識が、彼を苦しめていた。狂った子供たちを見たことがきっかけで、ひとを殺めたことを思い出したのだろう。レキサンドラは知らなかったろうが、彼の記憶の奥底にその記憶を強く封じ込めたのは私であり決して、彼の情が薄いわけではなかった。が、彼は、忘れていた自分を強く責めた。目の前で狂ってしまった子供たちの存在もまた、それに輪をかけたことだったろう。
 彼は、神に祈りを捧げた。
 この世界にありながら、人界の神に許しを乞いつづける。そんなレキサンドラの姿が私を苛立たせた。彼が私を父と慕っているのは理解していたが、それだけでは足りないと、私の心がざわめくのだ。それは、彼に祈りを捧げられる神に対する嫉妬だったのに違いない。
 王と呼ばれていながら私もまた、その実神であるのだと、レキサンドラにささやかずにはいられなかった。
 その愚かな自己顕示に、こみあげてくるのは苦い自嘲だった。
 何故、人界の神になど祈るのだと。
 お前が祈りを捧げつづけているものは、決してお前を救いはしない。
 お前を救うのは、父であり魔を統べる神である私だけなのだと。
 しかし、レキサンドラは私に隠れて、人界の神に祈りを捧げ許しを乞いつづけた。
 それが、私の逆鱗に触れることをその身で知りながら、止めることはなかった。
 だから、私は、レキサンドラに性的な行為をしかけたのだろう。人界の神と同時に、彼の心を占める過去の記憶にも、嫉妬をしていたのに違いない。

 今ともなれば、わかる。

 私は、私を見てほしかったのだと。

 美しい緑と、緑と赤を兼ね備えたあの瞳に、私だけを写していてほしかったのだと。

 あの頃のレキサンドラは人間にしてみれば十代半ばほどの外見へと成長を遂げていた。
 長い懺悔の日々を見せつづけられた私の忍耐が切れるには充分すぎるほどの歳月が流れていた。
 もっと早くにこうすればよかったと後悔したものの、幼児を抱く趣味は私にはなかった。当時のレキサンドラでさえ、私にとっては幼なすぎた。
 しかし。
 もはや、私の我慢は限界だったのだ。
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つづく




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