暫定 無題 4
*****
「ウィロウさま」
椅子から立ち上がる。
「おはようケイティ」
物憂げな表情はそのままに、わたしの手をとり、くちづけてくる。
声を弾ませてしまって、少し、はしたなかったかしらと反省する。
「おはようございます」
「よく眠れただろうか」
椅子に座り直し、くちをつけていた果実水の入ったグラスを手に取った。
「はい。とても」
マナハウス内にあるグラスハウスで採れるという南国の果実の果汁はとても甘酸っぱくて美味しかった。
朝専用のダイニングの昨夜のとは違う小ぶりのテーブルの対面に座ったウィロウさまの前に、朝食が運ばれてくる。
メニューは黄色の鮮やかなオムレツとマッシュルームとベーコン、スモークサーモンにサラダ。あとはよく焼かれた薄切りトーストが数枚。ミルクと果実水というたっぷりとしたものだ。
コーヒーか紅茶を嗜むのは食後らしい。
朝は慌ただしくコーヒーしか口にしなかった義父や義兄しか知らなかったわたしには、朝食をゆっくりと召し上がられるウィロウさまの姿はとても新鮮なものと映った。
「今日は、この館を案内しよう」
目が合ったと思えば、しばらく何か考えたあと、ウィロウさまが仰ってくださった。
「嬉しいです」
ゆっくりと、ウィロウさまは歩いてくださる。
そんなウィロウさまにわたしは遅れないようについて行く。
どうして手をつないでくださらないのだろうと疑問に思いはしたものの、使用人の目がある家の中だからかもしれない。
昨日は何かと慌ただしくて、南の塔の領域と呼ばれているらしい公爵夫人のエリアも自室以外は見ることはなかったのだ。なんとはなく夫婦の寝室は隣り合ってるというイメージがあったので、館ひとつぶんはゆうにありそうな部分が全部自分だけのものだという説明に、びっくりせざるを得なかった。上から下まで、南の部分の端から端まで、全部自分の好きに使っていいというのだから。ちなみに、受けた説明では、ウィロウさまのプライベートは東側の領域全て。アークレーヌさまの領域は北側全てなのだそうだ。中央から西側は、パブリックスペースになるらしい。
「じゃ、では、もし子どもが生まれたりしたら、どこになるのでしょう」
何気ない疑問だった。
少し恥ずかしかったけれど、結婚したのだから、いずれ子どもができることもあるだろうと。
そんなわたしの言葉に、ウィロウさまの足がぴたりと止まった。
見下ろしてくる濃紺の瞳に、背筋が粟立つような心地を覚えた。
すぐさまに消えた恐怖にも似た何かを、わたしは錯覚だと打ち消す。
クスリと、口角に笑いをたたえ、
「あなたに子ができたなら、あなたの領域で育てるといい」
あなたにとってはその方が望ましいことだと思うのだが?
そうおっしゃってくださった。
「ええ! はい。もちろんです」
その優しいトーンの声に、わたしは先ほどの恐ろしさを忘れてしまったのだった。
そうして、その日一日は、わたしにとってとても幸せな一日になった。
そう。
夜もウィロウさまと共に過ごすことができて、わたしは天にも昇る心地だったのだ。
つづく
HOME
MENU